坂本龍太朗のワルシャワ通信(9月6日~12日)

9月6日

郡議会に招聘され、日本とポーランドの関係史などについてのプレゼンを行ってきました。与えられた時間は20分。17世紀から今日までの歴史を詳しく伝えるには限界があるため、全体的なイメージを掴んでもらうことに注力しました。

(ウクライナの子ども達を支える会)

https://www.facebook.com/sasaerukai.ukraine

9月7日

スームィ州のスポーツクラブに運動器具の支援を実施しました。子ども達は全員、無料で色々なスポーツに登録できますが、コーチと子どもがいても、施設がボロボロだとできることが限られていましたが、これからは元気いっぱい走り回ってもらいたいものです。

(ウクライナの子ども達を支える会)

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先日のリヴィウへのミサイル攻撃で、妻と3人の娘たちを失い、家族ではたった1人残ってしまった夫。それがもし自分だったらどうしたか。生きていることがあまりにも辛く、死ねなかったことに対し罪悪感を感じて生きていくしかないのか。怒りと悲しみで涙が止まらない。

9月8日

故郷に帰りたくても帰れない人々、避難のストレスに耐えかねて故郷に戻る人々、故郷ではないが外国で活動する私。故郷の形はそれぞれですが、その繋がりはどこにいようとも、人を支えてくれるということは、故郷の友人たちが常に関心を寄せてくれるからに他ならない。故郷千曲市の「更埴子ども劇場リョウタロウ応援隊」に感謝

(読む支援のお願い)

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9月9日

ワルシャワ北部カンピノスの森にて、イェジキ慰霊祭。日本人としては大使館から山下広報文化センター長、加賀美武官、そして私の3名が参列。ポーランド・シベリア孤児記念小学校を初め、多くの学校からも子ども達が参加。現ウクライナ領で生まれたポーランド・シベリア孤児として日本に救われ、その後ワルシャワ蜂起を戦ったイェジ。あれから80年となったが、戦乱の世も孤児の悲劇もなんら変わっていない。

(継続支援へのお願い)

https://readyfor.jp/projects/chikuma-ukraine-support

9月10日

夜9時にも関わらずワルシャワのご自宅にお邪魔させていただき、ウクライナ支援のための衣類などをいただきました。西野さん、ありがとうございました!病院に送るか、孤児院に送るか、または必要な子ども達に送るか、これから各方面と調整して決めたいと思います。

(読む支援のお願い)

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9月11日

スームィ州の子ども達への支援、そして薬支援などを行いました。9月になり秋らしくなってきましたが、ここから冬へはあっという間です。教育支援の次はまた、2022年2月の冬から数えて、4回目の越冬支援が始まります。これが最後になりますように。

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9月12日

道化師の大棟さんがウクライナのジトーミルにいらっしゃるとのことで、空港から国境までの道中、朝7時前に高速道路沿いのガソリンスタンドで落ち合う。昔から色んな支援者と会っている場所だが、朝7時がまだ明るいことは新鮮。子どもたちへの教育支援としてノートを540冊託す。

(ウクライナの子ども達を支える会)

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