季語でつなぐ日々

第34号/爽やか、良夜、草の絮

投稿日:2018年10月1日 更新日:

爽やか

さわやかにおのが濁りをぬけし鯉  皆吉 爽雨 

 「爽やか」が季語だと聞くと、意外に思うかもしれません。「爽やかな笑顔」「爽やかな青年」等と、さっぱりとして清々しい様子に使われる言葉だからです。でも俳句では連歌の時代から秋の季語として扱われてきました。秋になり、大気が澄み、からっとした湿度の低い日はほんとうに快適ですね。それを表した季語で、「爽気」「さやか」とも言い換えられます。

 この句では、池の鯉の動きが詠まれています。水底にいる鯉が動くと底の砂が動くので辺りの水が濁ります。その濁った水を抜け出して鯉が水面のほうに浮いてきたのでしょう。目に見えるようです。

 けれど、それを単に写実的に表現したのではなく、水の濁りを鯉の「おのが濁り」と受け止めました。さらに「さわやかに」の季語によって、自分で自分を浄化する行為は「さわやか」であることも示唆しています。難しい言葉は使っていませんが、鯉に託した作者の深い心が伝わってきます。

良夜

下駄履きで酒買ひに出て良夜かな  牛田 修嗣

 陰暦の8月15日、すなわち中秋の名月の夜を、俳句では「良夜」と言います。2018年は9月24日でした。曇りがちな日でしたが、雲が切れて美しい月が見えたときは感動しましたね。

 掲出句は、満月の美しさに気づき、この月を肴にお酒を飲もうと思った作者が酒屋に行くという場面です。最近の人は下駄を履くことが少ないですし、お酒はコンビニで買うのかもしれません。でも、下駄を履いて歩くときの音に、心の弾みが表われています。「酒買ひに」という少しぶっきら棒な言い方にも味わいがあります。

 今となっては懐かしいような時代を感じさせる句ですが、作者は49歳。現代男性もときどきは旧いタイプの男を気取ってみたいのです。


男着物の加藤商店様のサイトより画像をお借りしました。
ありがとうございます。

草の絮

朗らかな神さま草の絮飛ばす  正木 ゆう子

 「草の絮(わた)」は草の穂がほおけて綿状になったものです。
 イネ科の猫じゃらしや蘆や荻、カヤツリグサ科の菅等は穂状に密集して小さな花を付け、やがて実となり、ほおけて綿状になって種を飛ばします。それが「草の絮」です。

 川のそばを歩いていると蘆の穂絮が、湿原では綿菅の穂絮がふわっと飛んでいるのを見かけることがあります。この句はたくさんの絮が飛んでいく中に立っていた作者が何と美しい光景だろうと感激して、神さまを讃えたくなったのです。まるで夢のような気分だったのではないでしょうか。草の絮は風に任せてどこまでも飛んで行き、そこで地に着いて発芽するのです。その生命力をくださった神さまの御心が明朗だと捉えて自然を讃えています。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第16号/冬至、煤逃、龍の玉

冬至 玲瓏とわが町わたる冬至の日  深見 けん二  冬至はよく知られている二十四節気です。北半球で、正午の太陽の高度が一年中でもっとも低くなり、昼がもっとも短くなる日です。今年の冬至は12月22日です …

第10号/秋分、月、木犀

秋分 秋分の灯すと暗くなっていし  池田 澄子  秋分は昼と夜の長さがほぼ等しくなる、二十四節気の一つです。今年は9月23日に当たります。  俳句の歳時記で「秋分」は、他の二十四節気と同様に「時候」の …

第26号/麦の秋、ざりがに、紫陽花

麦の秋 教科書を窓際におき麦の秋  桂 信子      「麦の秋」は、「秋」と付いていますが、夏の季語です。麦の穂が稔り、黄色く熟してゆく頃を、麦にとっての実りの秋だという意味で「麦の秋」と呼びます。 …

第4号/夏至、五月雨、蛍

夏至 シェイクスピア観て夏至の夜を言祝ぎぬ  藤田 るりこ  昼間の長さが最も長くなる夏至も二十四節気の一つです。今年は6月21日に当たります。  日本では梅雨の真っ只中なので、曇ったり雨が降っている …

第12号/霜降、秋曇、紅葉

霜降 霜降やスリッパ厚く厨事  井沢 正江  霜降(そうこう)は文字通り、霜が降りはじめるという意味の二十四節気です。今年は10月23日に当たります。秋がいよいよ深くなって、大気が澄み、野山の紅葉も濃 …