季語でつなぐ日々

第33号/九月、秋の蝶、曼珠沙華

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九月

それぞれの丈に山ある九月かな  三森 鉄治 

 暑さはまだ残っているものの、日差しは明らかに穏やかになり、ほっとできる9月を迎えました。子どもたちは学校に行き始め、大人たちも、暑い時期には先送りしていた仕事に取り掛かり始めます。

 この句は秋の峰々を見て9月を感じている句です。「それぞれの丈に山ある」は、個々の山が己の高さを保っているという意味です。山は急に高くなったり低くなったりしませんから、山がいつもの高さを保っているのは当然です。けれども、秋に空気が澄んで山の輪郭がはっきり見えてくるとき、一峰一峰がまぎれもなく、その山ならではの姿で凜然としていることに気づき、この表現となったのでしょう。

 作者は山梨県に生まれて山梨県で働き、句を詠みました。生涯を山に囲まれた地で過ごした人なので、毎日眺める山容が見せるかすかな季節の移ろいを見逃さなかったのです。

秋の蝶

秋の蝶ちひろ画集に呼びもどす  広渡 敬雄  

 秋のうららかな日にひらひらと飛んできた蝶を見て、「いわさきちひろ」の絵を思ったのでしょう。愛らしい子どものあどけなさを、水彩で滲んだように描いたちひろの絵は淡く、優しく、夢があり、見る者の心を癒やします。

 ちひろの絵に使われる黄色や紫は蝶の色とも言えますから、透明感のある花びらの間に、蝶が紛れ込んでもすぐに同化してしまいそうです。秋の蝶の少し儚げな飛び方を見ると、絵の中でいつまでも生かしてあげたいですね。

 俳句は感動したものならどんな内容でも詠めるのですが、絵画と実際の季語を結びつけるのはなかなか難しいです。でもこの句は「呼びもどす」の一言で両者を繋げて成功しています。

曼珠沙華

曼珠沙華蕊のさきまで意志通す  鍵和田 秞子

 曼珠沙華を見かける季節です。秋のお彼岸の頃に咲くので彼岸花とも言われ、天蓋花や幽霊花の異名もあります。

 田の畦や林の中などに、或る日地面から忽然と花柄が伸びて咲き始める曼珠沙華に驚かされます。葉は花が終わってから出始めて冬に青々と茂り春には枯れてしまうので、葉を持たない花なのです。

 一般に、曼珠沙華の句は、秋という季節のためか、彼岸を意識してか、寂しげに詠まれることが多いのですが、この句では強さが詠まれています。曼珠沙華の細い花びらも蕊も真っ赤に反っているのを見て、そこに強靭なものを感じ取っています。蕊の先まで赤いと詠めば単なる写生の句ですが、「意志通す」と主観的な言葉で把握し、他に類を見ない句となりました。作者の心に何か期するものがあったのかもしれません。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

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