季語でつなぐ日々

第29号/七月、葛桜、夏木立

投稿日:2018年7月19日 更新日:

七月

七月の空へ飛ぶ水押へ飲む  守屋 明俊

 梅雨明け宣言のあと、空を見上げると眩しくて、晴れやかな気持ちになりますね。7月に入ると空が一気に広がったように感じられます。近年は異常気象のために梅雨明けと同時に猛暑が訪れたり、戻り梅雨が豪雨となって、びっくりさせられますが、先ずは鬱陶しい梅雨が明けたことを喜びたいと思います。

 この句は、公園にある喫泉でしょう。立形水飲水栓とも言うそうですが、蛇口が上を向いている飲料用の水道です。蛇口の横にあるバルブをひねると水が出ますが、うっかり勢いよく出し過ぎて顔や胸を濡らしてしまったという経験は誰にでもあるのではないでしょうか。この句ではその様子を「空へ飛ぶ水」と表現しました。空へ空へと飛びたいと思っているやんちゃな水を、押さえるようにして口に含んでいるというのです。

 水が美味しく感じるこの季節の、はつらつとした気分が伝わってきます。

葛桜

老いてよりむしろ純情葛ざくら  大牧 広

 「若い頃は純情だった」という一般常識を見事に破った句です。でもこれは87歳の作者の本音なのでしょう。

 青少年は無垢で、感受性が豊かで、傷つきやすいと思われがちです。確かに、経験が乏しいことは初(うぶ)だと言えるでしょう。でも、それとは少し違った意味で、年齢を重ねると純情になるということにも共感を覚えます。

 若い頃は剛毅だったけれど、齢を取ったら繊細で正直で慎重になったという人は多いです。物事を深く感じるようになり、悲しみにも喜びにも涙腺が緩みます。

 涼やかな葛ざくらを舌にのせながら、含羞を含んだ翁の純情な横顔が目に浮かぶ句です。

夏木立

夏木立抜けて吾が影新しき  市川 和雄

 欅やポプラや白樺などの木々の間を歩いてきて、日の当たるところに出たのでしょう。木々の下を歩いていたときは日差しを忘れていたのですが、抜け出した途端に、自分の影がふたたび地面に現われたのです。暑い日差しの中で、作者はくっきりとした自分の影に新鮮さを覚えました。何かが変わったために新鮮だったのではなく、青々とした木の間を歩いてきたことで、心が洗われて心境が変化したのです。そしてその清々しい気分は自分の影にも表われていると思ったのでしょう。

 嬉しいとか悲しいといった生(なま)の言葉で感情を表さないのが俳句ですが、この句のように、木立と影を描いただけで作者の心を読者に伝えることができ、余情が残ります。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

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