人のいとなみ・自然のいとなみ

第25号/形代、蛍、樗の花

投稿日:2020年6月30日 更新日:

形代

いただきし形代にもう雨の粒  藺草 慶子

 今日は6月30日、「夏越」です。第6号で夏越の神事として「茅の輪」を紹介しました。夏越の行事としてもう一つ、「形代(かたしろ)流し」というものがあります。
 白い薄紙を人の形に切った紙人形、「形代」に、自分のけがれを託して川や海に流して祓うもの。半年間、日々の生活をする中で知らない間に身についてしまった罪・不浄・災いを、形代に移し祓えば災厄が去る、ということです。自分の罪を償わせるためのものなので「贖物(あがもの=罪の償いをするもの)」とも、体を撫でるものなので「撫物(なでもの)」とも、「祓草(はらえぐさ)」とも呼ばれます。

 3月の流し雛も、形代の一種ですが、日本人は「水に流す」という文化が昔から根強いものなのでしょう。水に流す、というのは、本来は自ら川や海に入り垢離(こり=心身を清めること)をとる代わりなのです。平安時代には、夏越の日に限らず「陰陽師(おんみょうじ)」がこれを使い、流したり焼いたりして厄を祓うという祈祷がありました。形代自体は木や藁や鉄で作られた時代もあって、各地の遺跡からも発掘されています。
 梅雨の時期、夏に向かって悪疫の流行期である6月のこの行事に、人々の健康への願いが籠っています。今年こそ、除疫を願いたいところ。茅の輪の設置や、形代の受付はしているようですが、感染予防のために神事は神官だけで行う、というところが多いようです。

 その方法は、形代に自分の名前と年齢を書く、それで自分の体のあちこちを撫でけがれを移し付ける、最後に三度息を吹きかけて、自分の身代わりとする、そしてそれをお納めして、水に流していただきます。
 形代の形が「袂」を持つのは着物文化の名残。袖や袂を詠む句も多く見られます。自分の身代わりですから、あくまでも清浄な状態でお納めしたい、という気持ちが働くのも無理のないこと。ですから「形代のかすかなる穢にこだはりぬ 能村登四郎」といった句も詠まれています。
 作者は神社で形代を受け取ります。さて名前を書いて、体を撫でて、と思っていると雨がぽつぽつと降りてきました。あ、と思う間もなく、その白いけがれの無い白紙に、雨粒が落ちてしまった。せっかくきれいな白なのに。手に取ったものを今更、代えることはできないし…。もう少し、気をつければよかった。息を吹きかける前にすでに、濡れ痕の付いてしまった形代への、ゆらぐ心が見えてきます。

   形代の息に反りたる白さかな  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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形代の形は、袂の長いもの、袂に切れ込みのあるものなど神社でさまざまなので、比べてみるのも一興。

形代を手に神事を待つ。右は水に流すのではなく、焼いて祓っていた(荻窪八幡宮にて)。

螢縋る闇より暗きわが髪に  鍵和田 秞子

 「蛍」の旧字は「螢」です。現在はほとんど「蛍」の字を使いますが、蛍が飛ぶ頃になるといつも、旧字が頭に浮かびます。それは「火」の字が二つ、入っているから。「ほたる」の語源はいろいろとありますが、「火垂る」「火照る」という説が有力で、蛍の特徴の「光」を意味するところから来ていますから、今の「蛍」ではなんだか、感じが出ないのです。
 ホタル類は数千万年前から地上に棲んでいたと何かで読んだことがあります。日本では少なくとも『日本書紀』には書かれているので、奈良時代には生息していたと思われます。

 蛍の光は、求愛の印。明滅しながら短い命を燃やす蛍。恋の思いにさまよい出でる魂に重ね合わせ、多くの文学者を惹きつけてきました。平安時代になると『万葉集』ほか、さまざまな文献に出てくるようになります。『源氏物語』第25帖の「蛍」の章では、袋に入れて隠しておいた蛍を闇に放ち女性の顔を照らす、という粋なことをし、『枕草子』では「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし」と書かれています。源氏物語を訳した与謝野晶子は「身にしみて物を思へと夏の夜の蛍ほのかに青引きてとぶ」と詠みます。

 美しい黒髪も古来、女性美の象徴として詠まれてきました。梅雨の闇の中で、蛍を追います。つい、と、点滅しながら一匹の蛍が、作者の髪に止まりました。「闇より暗き」作者の髪は情念のようで、そこに縋りついた蛍の明滅は、官能的でもあります。後年、この作者は「黒髪も銹びにしおもひ蛍の夜」と、蛍への変わらぬ思いと自身の光陰を詠んでいます。作者・鍵和田秞子は、筆者の俳句の師です。6月11日、88歳で永眠されました。ご戒名は「螢光院祥玉秞心大姉」。蛍のかそけき光を追って、黄泉路へと旅立たれました。
合掌。

   南朝の裔なる風の蛍かな  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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闇の中の点滅は、人の心を惹きつける。

朝のゲンジボタル。ヘイケボタルやヒメボタルはこれより小さく、点滅時間や発光の色が違う。

樗の花

湖は波たたみて夕の花樗  德田 千鶴子

 5~6月に咲く薄紫の樗(おうち)の花は、栴檀科の高木です。「おうち」は栴檀(せんだん)の古名ですが、ことわざの「栴檀は双葉より芳し」の「栴檀」は、お香などに使われる白檀(びゃくだん)のことで、インド原産の常緑樹で別な木です。
 万葉集に「妹が見し楝の花は散りぬべし 我が泣く涙いまだ干なくに」という山上憶良の歌があります。「おうち」は「樗」「楝」の字が当てられますが、歴史的仮名遣いでは「あふち」で、この時代には「阿布知」という字でも書かれていました。きれいな字ですね。

 でも平安時代は獄門に植えて、さらし首をかけた、などという怖い話もあって、忌木とする地方もまだあるようです。それでも古くから愛されてきたのは、細長い五弁の可憐な淡紫の花が群がり咲いていて、淡く煙るような姿に魅かれるからでしょう。

 高木で、15メートルの高さにもなるので、樗を仰いでの句、空と取り合わせた句をよく見かけます。また、散り際も美しく、細い花弁がびっしりと地を埋める姿も詠まれます。この句は、湖の近くに咲く樗の木です。淡い色の花に黄昏が近づいてきて、その薄紫色を奪ってゆきます。風はやみ、湖も、夜の暗さへと青さを失っていきます。波を畳むように静まってゆく湖の景と、夜の眠りにつくような樗の花の取り合わせが、夕景の心もとなさを詩情ゆたかに表現してくれます。

   大臣(おほおみ)の夢ちりぢりに花樗  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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薄紫の花は、びっしりと、高くに咲く。

石地 まゆみ先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

※写真や文章を転載される場合は、お手数ですが、お問い合わせフォームから三和書籍までご連絡ください。

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