季語でつなぐ日々

第2号/小満、夏、泰山木の花

投稿日:2017年5月15日 更新日:

小満

小満のみるみる涙湧く子かな  山西 雅子

 小満は「万物しだいに長じて満つる」という意味を持つ二十四節気の一つです。木々の若葉が大きく育ち始め、野も山も光って、自然界に生気がみなぎってくることを実感する頃。今年は5月21日が小満に当たります。

 この子はなぜ泣いているのでしょう。理由は分かりませんが、幼い子の目にみるみる涙が溜まって、今にも溢れそうなようすが目に浮かびます。転んだのかもしれません。叱られたのかもしれません。でもワッと泣かずに、溢れてくる涙をこぼさじと、堪えようとしているのです。母親はそれを見逃しませんでした。幼い子の成長を見て愛おしく思い、この句を詠んだのです。

 「小さい」子に「満ちてくる」涙なので「小満」に合う、という解釈もできるかもしれませんが、それでは文字の上だけの鑑賞になってしまいます。

 草木が生長する季節に、子どもの心に芽生えてきた初々しい感情をとらえた句として味わいたいと思います。

水平線永遠に新し夏の航   小川 軽舟

 「夏の航」という季語があるわけではありません。この句の季語は「夏」です。「航」は航海を表しているので、夏に船旅をしているという意味になります。

 外国航路の客船でしょうか、国内のフェリーでしょうか。作者はデッキに出て、風に吹かれながら海原を見ています。進行方向に陸の影を見つけようと目を凝らすのですが、見えるのは水平線ばかり。そのときふと、彼方に見えている水平線は一刻一刻と新しくなっていくことに気づいたのでしょう。船が進行していく限り、水平線は常に新しく変わって行く―という発見です。

 古来から航海が冒険を生んできたのは、水平線の向こうへ行きたいという人間の好奇心からでしょう。それが新大陸の発見に繋がりました。この句にも、未知の世界への大きな期待が感じられます。

 作者の解説によると、幼い子どもを連れて北海道に行ったときの句だそうです。子どもの未来に思いを馳せた、若い父親の明朗な気概が背景にあったのです。

泰山木の花

あけぼのや泰山木は蠟の花  上田 五千石

 庭園やお寺の境内などで泰山木の花に出合うと、息を呑むことがあります。高く大きな木のあちこちに、白く大きな花びらを広げている泰山木。その豪華な花に驚き、近づいて行くと芳香がして豊かな気持ちになります。樹の雄々しい姿にも花の立派さにも、王者のような風格があります。

 俳人はこの花に感動して、さまざまな句を詠んできました。花を杯に見立てたり、美術品と取り合わせたり。父や母の大きな包容力や、神への信仰を象徴する花にもなりました。

 今日ここに掲げた句は花の美しさだけを詠んでいます。しかも「蠟」の一字で全てを表しています。確かに泰山木の花は蠟のような半透明の白さです。

 「あけぼのや」とありますから、空がしらじらと明けてくる頃に作者は見たのでしょう。淡い光を受けとめようと大きく広げた白い花びらは、ますます蠟に見えたことと思います。

 「蠟の如く」「蠟のように」という比喩の言葉を使わず、「蠟の花」と言い切っているところも魅力です。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

 

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第23号/清明、燕、馬酔木の花

清明 清明やきらりきらりと遠き鍬  大橋 弘子   清明は「清浄明潔」の略です。その文字の通り、空気が澄んで陽光が明るく、万物を鮮やかに照らしだすという意味の二十四節気です。この時期になると、萌え出た …

第33号/九月、秋の蝶、曼珠沙華

九月 それぞれの丈に山ある九月かな  三森 鉄治   暑さはまだ残っているものの、日差しは明らかに穏やかになり、ほっとできる9月を迎えました。子どもたちは学校に行き始め、大人たちも、暑い時期には先送り …

第4号/夏至、五月雨、蛍

夏至 シェイクスピア観て夏至の夜を言祝ぎぬ  藤田 るりこ  昼間の長さが最も長くなる夏至も二十四節気の一つです。今年は6月21日に当たります。  日本では梅雨の真っ只中なので、曇ったり雨が降っている …

第22号/春分、木の芽、桜

春分 春分の田の涯にある雪の寺  皆川 盤水  春分も二十四節気の一つです。太陽が春分点を通過する時刻が春分ですが、その時刻がある日を暦で春分と呼んでいます。今年は3月21日でした。この日はお彼岸の中 …

第37号/十一月、初時雨、冬桜

十一月 バーバリーが闊歩十一月の街  高原 沙羅   バーバリーと言えば、らくだ色・赤・黒・白の直線のデザインのトレンチコートが有名です。その柄のコートを着て、11月の街を颯爽と歩いてきた人がいたので …