人のいとなみ・自然のいとなみ

第14号/降誕祭、白鳥、枇杷の花

投稿日:2019年12月24日 更新日:

文/石地 まゆみ

降誕祭

降誕祭終りし綺羅を掃きあつめ  福永 耕二

 今日はクリスマス・イブ。すでに12月の声を聞くか聞かないかのうちに、街にはクリスマスソングが流れ、ツリーやイルミネーションなどで華やいだ気分になります。

 「クリスマス」つまり「キリスト降誕祭」の12月25日は、実はイエス・キリストの誕生日ではない、と言ったら驚かれるでしょうか。が、聖書には、キリストがいつ生まれたか、何も書いてありません。昔は地方によっては、1月6日に祝っていたともいいます。ローマ暦では12月25日が冬至で、この太陽崇拝の祭日にキリストの誕生を結びつけて、4世紀にこの日に定められました。キリストは「正義の太陽」「世の光」と呼ばれていたので、教会ではこの日を祝うようになったそうです。「冬至」に太陽の力を求めるのは、第13号の「神楽」が、冬至の前後の太陽の力が弱まる頃に行われる、というのにも、どこか似ているような気がします。世界中で、「太陽」への信仰は、人の暮らしに不可欠だったのでしょう。
 このように「クリスマス」は「キリスト(Christ)のミサ(Mass)」という意味、あくまでも「キリストの降誕を記念する祭日」で、誕生日ではないということがわかります。

 クリスマスの4週前の日曜日から、教会では「待降節(アドベント)」という準備の期間に入ります。4本のキャンドルが用意されて、日曜ごとに1本ずつ火を灯していきます。私もキリスト教の学校に通っていた頃、順に灯されていくキャンドルに、クリスマスが近づく厳かな気持ちを持ったものでした。
 なお今は、24日のクリスマス・イブは「クリスマスの前夜」と思われていますが、ユダヤ暦では日没を一日の始まり、としていることから、24日の日没から25日の午前零時までが「クリスマス・イブ」の本来の意味なのです。「前夜」ではなく「当日の夜」なのですね。東方の3人の博士が、ベツレヘムの星を見て、「神の子」の生誕を知り訪ねた、という話は「聖夜劇」でよく演じられる場面です。

 などと、ややこしいことは関係なしに、クリスマスは子どもたちや若者には楽しみな一日。ホワイトクリスマスにならないかな、とか、プレゼントを買って、カードを選んで、ケーキも用意して…。子どもたちも、今年はサンタクロースに何をもらおうか、と楽しみにしています。
 この句の「綺羅」とは「美しいもの」「きらびやかなもの」ということ。クリスマスの賑やかなパーティーの終わりでしょうか。華やかな宴の後の、そこここに散っている「綺羅」の名残。それらを掃き集める姿は、「晴」の世界から「褻(け・日常)」へと戻る行為のようです。そこには安堵感とともに、寂しさが漂います。静けさも見えてきます。「綺羅」という美しい言葉が、終わってしまった降誕祭の一日への、祈りのようです。

   群衆がビルに入りたる降誕祭  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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左側の紫色のキャンドルを、待降節に1本ずつ灯し、中央の5本目、白いキャンドルをクリスマスに灯す。キリストの誕生によって暗闇に光が灯されたことを示している。

銀座のとある教会でミサに一人ずつに渡されたキャンドル。今や、電池式であった(左)。
右は、ある年のパーティーにて。


街中もホテルにも、クリスマスデコレーションが華やかに飾られる。

白鳥

千里飛び来て白鳥の争へる  津田 清子

 11月ごろから越冬のために遠いシベリア方面から日本へと飛来し、純白な身を水に浮かべている白鳥の姿は、優美で、魅力的です。長い首をやわらかく折りたたんだり曲げたりしている様子も、見飽きないものです。青森の十三湖・小湊、宮城の伊豆沼、新潟の瓢湖、長野の諏訪湖、島根の宍道湖ほか、飛来地はたくさんあり、自然環境を保つための活動をしているところも多いようです。首都圏でも、千葉や埼玉で見られます。
 白鳥は家族単位で行動し、それが群れとなって生息しています。幼鳥は、童話の「みにくいアヒルの子」に出てくる通り、灰色をしています。生まれてから数ヶ月で、親鳥と一緒に何千キロも南下してくるという話を聞いた時には、その生命力にびっくりしました。大人と同じ純白になるのは、2年ほどかかるようです。水に浮く姿は優雅に見えて、水面下では必死に足を激しく動かし泳いでいるのだとか。それを思うと、ちょっと可笑しくなりますね。

 古来から神聖な鳥とされ、神話にもいくつかの話が出てきます。垂仁天皇の子、ホムチワケは成人になっても言葉を発せなかったが、白鳥(古名は「鵠(くぐい)」)が空を渡るのを見て初めて口を聞いた、とか、ヤマトタケルは亡くなった後、白鳥となって飛んで行った、とか。多くの渡り鳥と同様、2~3月には、北へ帰ってゆきます。そんな一時期にしか現れない白鳥は、昔から人の心を打ってきたのでしょう。

 遠い地から、さまざまな苦難を乗り越えてやってきた白鳥たち。飛来距離は3千キロ~4千キロ、と言い、「千里」とは4千キロメートルの事ですから、大げさではありません。越冬地に着いた白鳥は、そこで安らぎの時を持ちます…と思いきや、なにやら、争っている白鳥を見た、というのです。やっとの思いで着いたのに、と作者は思います。そして、生きるためとはいえ、争わなければならない、「生き物」というものに、人の姿も重ね合わせたのかもしれません。実際、飛来した白鳥たちが争う姿を、私も何度も見ています。表面の美しさだけではなく、白鳥の争う姿を事実として詠んだ句に、共感します。

   陽の翳のごとくうすずみ子白鳥  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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左側手前の白鳥が幼鳥。顔の部分に、特に灰色が残っている。

白鳥が羽根を広げると、白く光る波のようだ。手前の鴨も同じ格好をしているのが、愛らしい。右は飛ぶ姿だが、おなかが重そう。

諏訪湖がった日、湖上に佇む白鳥たち。

枇杷の花

遠ざけし人恋ふ枇杷の咲きてより  鷲谷 七菜子

 枇杷はバラ科の植物です。バラ科には、桜や林檎、苺もバラ科です。薔薇とは似ていないのに?と思われるかもしれません。ちろんそれぞれに亜種がありますが、基本的に花びらと萼が5枚のものが多いようです。枇杷も、花びらが5枚で、たしかによく見ると、薔薇の一重咲きに似ているとも思えます。

 花は12月から2月に咲き、香りがあって、冬の花の少ない時期、蜂などがやってきているのを見かけます。果実は夏に黄橙色に熟し、馴染みのあるものですね。「枇杷を植えると病人が出る」という話を聞いたことがあるでしょうか。もちろん、迷信です。ではなぜこんな迷信が出来たかというと、枇杷の効用に由来があるのです。葉も実も種も、とても効能があるのです。果肉には咳止めや胃腸の働きを良くする、葉にも痰を取り皮膚炎にも効くし、枇杷の葉温灸にも使われて、自然療法として昔から使われていました。種に含まれるアミグダリンという成分は癌にも効く、という話も聞いたことがあります。歳時記には「枇杷葉湯(びわようとう)」が夏の季語として載っています。枇杷の葉を乾燥させて煎じ、暑気払いとして、枇杷葉湯売もいたそうです。
 古くは天平時代、聖武天皇の后・光明皇后が作った施薬院(貧しい病人に薬を与え治療する施設)でも、枇杷の葉で治療した記録が残っています。そんなことから、逆説的に先ほどのような迷信が生まれたのでしょう。

 葉は硬くて肉厚で大きく、艶があって、わさわさと茂っています。花はその中にたくさん集まって咲きますが、黄色みを帯びた白い花なので、気がつかないことも多いかもしれません。ひっそりと咲く花は、どこか懐かしい感じがします。「遠ざけし人」と、かつて何があったのでしょう。気持ちのすれ違いから、離れてしまった人。でも、時が過ぎ、今思えば、その出来事も昔のこと。振り返って、その人のことを思い出すのには、冬の寂しさも懐かしさも含んだ枇杷の花はぴったりです。
 調べてみると、作者は生後数か月で祖父に預けられ、その後、ご両親は離婚をされたとのこと。その父母への想いもあったのかもしれません。

   花枇杷や薄日を集め刃物売  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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葉の茂った中に、目立たない花が咲く。

花はよく見ると一つ一つが愛らしく、バラ科の植物だと納得できる(左)。花は虫たちが集まるが、実はいつも、鳥たちに狙われている。

石地 まゆみ先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

※写真や文章を転載される場合は、お手数ですが、お問い合わせフォームから三和書籍までご連絡ください。

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