季語でつなぐ日々

第3号/芒種、レース、杜若

投稿日:2017年6月5日 更新日:

芒種

木の橋に水面近づく芒種かな   鍵和田 秞子

 芒種は「芒(のぎ)のある穀物の種を播(ま)く時期」という意味の二十四節気。今年の芒種は6月5日です。

 「芒」はススキという漢字ですが、ノギとも読みます。ノギとはイネ科の植物の穂に見られる長い針のような部分です。

 実際では稲はもっと早い時期に蒔かれていて、芒種の頃はすでに田植が始まっています。田に水を引いて、満々と張った代田(しろた)に早苗が植えられるのです。梅雨が近づいて雨が多いこの時期、田を囲む用水路の水嵩も増しています。その様子を詠んだのがこの句です。

 「木の橋」は小さな橋でしょう。普段は浅い川なのに水位が高くなっている。そのことを発見して、「水嵩が増した」「水量が多い」などと言えば単なる説明ですが、「水面(みなも)近づく」と表したために、水が橋に迫ってゆく臨場感が描かれ、詩になりました。そして「芒種かな」で、周囲に田園が広がっていることを想像させます。天から水の恵みをいただいて、人は作物を育てていることも思い出させます。

 風景に二十四節気が添えられて、時空の広がりを感じさせる一句です。

レース

レース着てことばつつしむひと日かな  佐藤 博美

 最近、女性のファッションにレースが流行していますが、レースは以前から夏の季語でした。

 手袋、ショール、ブラウスなどのレースだけでなく、テーブルクロスを白いレースに替えたり、クッションカバーをレースに替えたりすることで、暮らしの中に涼しさを演出します。

 この句の作者はレースの服でお洒落をして出かけたのでしょう。白くて清楚なレース、あるいは黒くて豪奢なレースかもしれません。どちらにしてもレースは素肌が透けて見えるところが魅力です。

 そのような装いをした日は、どことなく身のこなしも柔らかくなるのではないでしょうか。「つつしむ」は漢字で書くと「慎む」です。話をするときに言葉を慎重に選び、態度も控え目にして一日を過ごしたというのです。

 装いは傍目に美しく見せるためだけではなく、自分自身を大切にすることだと思わせてくれる句ですね。

杜若

宿坊に酒が匂ふよかきつばた  皆川 盤水

 「かきつばた」は花菖蒲に似ていますが、花びらが花菖蒲ほど大きくなくて、清楚な風情です。『伊勢物語』に出てくる「かきつばた」の歌などから、伝統のある雅な季語となっています。

 「宿坊」はお寺や神社にお参りをする人が泊る宿舎です。日本のどこでも良いのですが、実はこの句には「羽黒にて」という前書きが付いていました。

 羽黒山の麓には、出羽三山に参詣する人が泊る宿坊が何軒もあります。初夏の頃に行くと、山で採れた山菜や筍が膳を彩ります。羽黒山をたびたび訪れていた作者の膳には地酒も用意され、土地の人たちと盃を交したことでしょう。広く開け放たれた縁側からは「かきつばた」が見え、やや武骨な宿坊に趣を添えていたのです。

 羽黒山の山麓では黒川能という能楽が五百年もの間、伝承されてきました。鄙で味わうお酒と、都を思わせるかきつばたで、この土地への挨拶の句になっています。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

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