十月
窓大き席十月の陽の匂ひ 山田 牧
10月は暑くもなく寒くもなく、湿度も低くて気持ちの良い日が多いですね。この句は大きな窓のそばに座って、十月の日差しを楽しんでいる場面です。9月では残暑が厳しく、11月では寒くなりますから、10月ならではの句と言えます。
レストランかカフェでしょう。大きな窓ガラスが嵌められているので、外の風景を思い切り楽しめるようなお店。今の季節は色づき始めた街路樹が見えて、そこに日が当たると輝くのです。行き交う人達も心なしか軽快な様子です。その席でゆったりと過ごすことが人生の贅沢だと思わせてくれるような俳句ですね。
作者は「宵待屋珈琲店」というお店を開いている女性です。東京の荻窪駅の南口から徒歩2分。上品なセンスで、心くばりがあって、詩情の漂う珈琲店です。
宵待屋珈琲店の外観
夜なべ
夜なべする妻に空腹言い出せず 永井 邦彦
秋も終わり近くになると夜が長くなります。電灯をつける時間が早くなり、夕食も早く食べることになって、食後から寝るまでの時間が長く感じられるのです。その時間に、昼間にできなかった趣味や仕事に取り組めます。それが「夜なべ」という晩秋の季語です。
この句では妻が何かに集中していて楽しそうなのでしょう。黙々とやっている様子を夫が横で見ていて、小腹がすいていることを言い出せないのです。妻の自由時間を侵してしまいそうで、遠慮している夫。でも、もしそれを告げたら、妻は全然いやそうな顔をせず「私も空いていたのよ」と言って、さっと台所に立って行くのではないでしょうか。長く連れ添ってきた夫婦の穏やかな情愛を感じさせる句です。
吾亦紅
風は名をいくつも持ちて吾亦紅 木本 隆行
秋の野で見かける吾亦紅は独特の風情ですね。花と言っても花弁がなく、黒っぽい赤色の咢が4枚ずつ、いくつも円筒状に並んで穂のようになっています。地味な花ですが、秋の遅くまで野の風に揺れていて、人の心に残ります。
この句では吾亦紅を揺らす風のほうに着目しています。確かに風にはいろいろな名がありますね。秋の風だけでも、「雁渡し」「青北風」「送りまぜ」「やまじ」等。地域ごとに風の呼び方が変わるので独特な呼び方が生まれるのです。
作者は、そのような各地の秋風があちこちの吾亦紅を揺らしていると思ったのでしょう。寂しそうな表情の吾亦紅をさまざまな風が慰めるように吹いているのです。
作者の吾亦紅を想う心は野を歩き回って、秋を堪能したからこそ生まれたのでしょう。晩秋の野へ出かけてみたくなる句です。