季語でつなぐ日々

第23号/清明、燕、馬酔木の花

投稿日:2018年4月6日 更新日:

清明

清明やきらりきらりと遠き鍬  大橋 弘子 

 清明は「清浄明潔」の略です。その文字の通り、空気が澄んで陽光が明るく、万物を鮮やかに照らしだすという意味の二十四節気です。この時期になると、萌え出た草木の芽が、何の草木か判別できるようになる、そういう季節とも言われています。今年は4月5日が清明でした。

 この句の作者は、田園地帯の遠くまで見渡せるところに立っていたのでしょう。するときらりきらりと光るものが見え、それが農夫が扱っている鍬の動きだと気づいたのです。広々とした風景の中の点景として、農夫と鍬の動きが見事に描かれています。清明という明るくて澄んでいる大気にふさわしい内容で、春の瑞々しさが伝わってきます。

 動詞を使っていませんが、鍬の動きが目に浮かんできます。その表現も手柄です。


宮津エコツアー様より画像をお借りしました。
ありがとうございます。

燕来る天はしがらみなき大河  山田 径子 

 燕がやってくる季節になりました。街の人々の頭上や川面の上などを弧を描いてスーッと飛んで行く燕を見ると、心が晴れやかになりますね。この句の作者は燕の自由な飛翔を見ていて、「しがらみなき」と感じました。「しがらみ」は「柵」と書きます。水流をせき止めるために杭を打ちならべて、これに竹や木を渡したものです。それが転じて、「しがらみ」は「まといつくもの」という意味にもなりました。

 地上の人間にとって、何ものにも邪魔されず、思う存分に飛んでいる燕が羨ましかったのかもしれません。しがらみに煩わされることのない暮しは難しいですが、せめて己の精神は、燕のようでありたいという願望があって生まれた句ではないでしょうか。

馬酔木の花

父母に便り怠り馬酔木咲く  加倉井 秋を 

 「馬が酔う木」と書いて「あしび」と読みます。ツツジ科の常緑低木ですが、有毒植物なのです。馬がこの茎葉を食べると、足が痺れて酔ったようになるところから、「馬酔木」と書き、足がしびれるので「あしび」と読むのだそうです。小さな鐘の形の花が穂のように垂れて咲き、清楚で温和な雰囲気を醸し出します。

 この句は父母と遠く離れて暮らしている作者の気持ちです。両親のことが気になりながら、目の前の仕事に追われてついつい連絡も取らない日々が続いていたのでしょう。馬酔木は郷愁を誘う花です。父母と過ごした幼い頃の家を思い出したのかもしれません。そして便りを怠っている自分を顧みて、少し鬱屈した気持ちになったのでしょう。親元を離れた人が共通して抱く春の感傷かもしれません。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第18号/大寒、薬喰、臘梅

大寒 大寒の一戸もかくれなき故郷  飯田 龍太  二十四節気の中でも、大寒はよく知られています。天気予報士がテレビで「今日は大寒です」と言うと、一段と寒さを感じて身が引き締まるような気がします。201 …

第9号/白露、秋入日、秋桜

白露 白露の日神父の裳裾宙に泛き  桂 信子  白露(はくろ)は二十四節気の一つで、今年は9月7日に当たります。  白露を「しらつゆ」と読むと「露」を美しく表した言葉になります。露は大気中の水分が気温 …

第13号/立冬、セーター、返り花

立冬 立冬のことに草木のかがやける  沢木 欣一  立冬は冬に入ったという意味の二十四節気です。今年は11月7日が立冬です。  季語では「冬立つ」「冬に入る」「冬来る」などとも使われますが、言葉によっ …

第35号/十月、夜なべ、吾亦紅

十月 窓大き席十月の陽の匂ひ  山田 牧   10月は暑くもなく寒くもなく、湿度も低くて気持ちの良い日が多いですね。この句は大きな窓のそばに座って、十月の日差しを楽しんでいる場面です。9月では残暑が厳 …

第32号/新涼、残暑、桃

新涼 新涼の母国に時計合せけり  有馬 朗人   夏に「涼し」という季語があります。暑さの中でも、朝夕の涼しさや木陰に入ったときの涼しさが嬉しいと感じるときに使われる季語です。  立秋を過ぎてからの涼 …