人工知能が特許を出願した日!

人工知能が特許を出願した日!(第1回)

投稿日:2017年7月11日 更新日:

人工知能を活用することにより個人や発明者の発想や着想が容易に特許出願できるようになり、それが直ちに権利化される時代がすぐそこまでやって来ている。

研究者や開発者から生まれた発明を権利化してきたこれまでの知財部員や弁理士たちの存在価値は揺らぎ始めている。

人工知能が出現すると、92%の弁理士は消えてなくなるという試算もある中、われわれ知財関係者はいかにしてこの苦境を脱し、生き抜いていけばいいのだろうか。

その方法を考え、提案する。

その方法を考え、提案する前に次のような場面を想定した。

朝、出社すると、とある大手企業の知的財産グループ全員に大会議室に集まるよう指示が出た。突然のことで部長の顔も心なしか青白く感じる。皆の表情にも何のことだろうかと不安の色が広がっている。何事かと訝る全員を前にして企画研究推進部常務取締役はとんでもないことを口にする。

「今の知的財産グループ100名体制を4月からは10名体制とする。残れない90名は後ほど人事部から連絡がいくのでよく相談してほしい。異動に関しては皆が納得できる内容になっているはずだから安心してもらいたい」
ということで、詳細な説明がないまま解散となった。

同じ日、場所は変わって、弁理士100名と事務員90名を要する大手の特許事務所でも全員が第一セミナールームに集められている。全員が集まるのは正月以来のことで、少し息苦しい。そして、所員を前にして禿頭の所長が申し訳なさそうに話し始めた。

「弊所からの特許の出願数が大幅に減っているのは皆さんご承知のとおりです。それで、来月から弁理士30名、事務員20名、全員で50名の新体制で事務所を再構築することに決断しました。後ほど個別に所内メールで連絡がいきます。去られる方には十分な補償をしますのご安心ください」

俯く所員を前にして所長は忸怩たる思いでぐっと唇をかみしめたが、所員の耳には悪魔のような冷たい声として響いていた。

今思い返せば1年ほど前にテレビやネットで人工知能を搭載した特許作成ソフトや特許・技術調査ソフト、研究開発支援ソフトが開発され、政治家をはじめ関連機関、加えて報道関係者に大々的に発表されていた。

あの時に何とかしていればよかったのだろうかと、多くの知財部員や弁理士は後悔した。もちろん事務職員もこんなはずではなかったと臍を噛むことになったのは言うまでもない。

ついに人工知能が弁理士や企業内の知財部員、さらには研究者の仕事を奪い始めたのだ。

たった今、この記事を目にしたあなたはこのリストラ話をどのように思われただだろうか。

「それは遠い先のこと。今の自分には関係ない」、と思われたでしょうか。それとも、「そんな日がいつかは来るんだろうな」、と予感し、予想していたでしょうか。

人工知能の開発は研究者ですら驚くほどの速度で進歩している。チェスや将棋、囲碁のようなゲームでも、クイズ番組でも人工知能がヒトの能力を凌駕し始めた。絵画を始め芸術の世界や音楽の分野でも、また薬の創薬でも知らないうちに人工知能化が進んでいる。研究論文の作成や小説の創作も近いうちに可能になるだろうという。

当然、特許の作成もしかりだ。

ただ、それがいつになるのか、そのレベルがどの程度なのかが不明で、企業の知財部員や事務所の弁理士がどの程度の人数まで必要とされるのかが分からないのが正直なところだ。

現実の問題として特許市場が飽和する方向に向かい、さらに小さくなりつつある中で、弁理士の収入も伸びず、大きく減少している。

事実、幾つかの特許事務所は潰れ統合され、有能な弁理士はアメリカやヨーロッパの特許事務所に、または未だ余裕のある大企業の知財部員として席を移している。

しかし、企業としても特許出願件数が減少している中、知財部員を増やす方向にはない。

こうした厳しい状況の中でもわたしは近い将来、「人工知能が特許を出願した日!」が忽然とやって来る、と主張したいのである。

なぜそのように考え、そのような結論に至ったのか、謎解きは次回以降の本編に譲るとして、特許や特許制度が誕生した経緯や如何にして発展してきたのか、特許の本質を知るために、わたしは2011年に「これからの特許の話をしよう—奥さまとわたしの特許講座—」(三和書籍)を出版した。それから早くも6年が経ってしまった(この記事と同時に先の本を読んでいただけるとよりわかり良いと思う)。

これからの特許はどうなるのかそれを知りたい、と出版当初から続編を、という声を多くいただいたが、世界の政治状況、産業界の思惑や変貌はめまぐるしく、それに伴い特許の世界もこれまでにないほどの変化を遂げていた。この10年あまりの変貌の早さにわたし自身も驚くばかりであった。「朝令暮改」という四字熟語があるが、特許の世界はまさにそのような状況にある。だからこの変遷と変容をどのようにまとめ、表現すれば読者の皆さまに、むしろわたし自身が納得できるのか正直わからなかった。

ところが、意外なところからヒントが降ってきた。

ここにきてすさまじい発展を遂げようとしている人工知能である。

そして、この人工知能は全ての職業に入り込み、働き方が大きく変わろうとしている。そのような状況下で研究者や発明家はどのように変貌するのか、考えてみたいという欲求にかられるようになった。

宰相ビスマルクは不測の事態に対して次のような名言を残した。

——愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして、聖者は経験から悟る——

人工知能が発達し第四次産業革命が叫ばれる中で、「歴史に学べ」ば革命的に変わりゆく未来に対して何の疑問もなく、対応していけるのだろうか。

われわれは大きく変貌を遂げた未来を想像し、その未来に向かって今、何を学び、何をなさなければならないのかを考える時が来ている。

想像してみてほしい。未来の人びとはどういった暮らしを営み、その中で何を考えているのだろうか。

先ず、読者諸兄には未来人になって現代を眺めてみるのも意義あることだと思う。

工学博士 黒川 正弘

黒川正弘先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

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