人のいとなみ・自然のいとなみ

第5号/御田植祭、虎鶫、菩提樹の花

投稿日:2019年6月21日 更新日:

文/石地 まゆみ

御田植祭

一枚の空うすみどり御田植祭  伊藤 敬子

 神社の御田(みた・おんだ)で、稲の豊作を祈念する御田植祭は、日本人と稲作との、深く長い歴史を物語る行事でしょう。各地で行われる御田植祭ですが、時期は4月から7月とさまざまで、千葉の香取神宮、伊勢神宮の別宮・伊雑宮(いざわのみや)、大阪住吉大社は、日本三大御田植祭といわれています。

 田主のもとに早乙女のお田植え、田植歌(田唄)、囃子や鉦、芸能など、各地それぞれの特色ある祭となって、賑やかに行われます。古くは、田楽、猿楽、呪師(しゅし)などの専業芸能集団が芸能を競った場でもあると文献に見えますし、早乙女も、巫女の流れを組む人たちが務めたとか、傀儡(くぐつ)集団が田植人形を操って参加したこともあったそうです。早乙女の絣の筒袖、赤い蹴出しに脚絆姿を思い浮かべますが、白装束で行われるところがあるのは、この巫女の流れなのでしょうか。

 「令和」となり、先日亀卜によって、大嘗祭(即位後最初に天神地祇に新穀を祀る祭)に使われるお米を育てる「斎田」の地域が、栃木と京都に決まりました。明治、大正、昭和と、斎田となった地域では、それを記念した田植祭りがおこなわれているところもあります。御代替わりにだけ指定される斎田は、地域の誇りとなるものなのでしょう。

 代田に賑やかにやってきた御田植祭の人たち。田唄やお囃子に合わせて、愛らしい早乙女たちが、田を植えていきます。さ緑の苗がきれいに並んで、泥田だったところに点々と色を加えていきます。まるで田が、生き返ったように見えました。ふと見上げると、まるでその早苗の色が映ったように、うすみどり色の空が広がっています。きっと、青空ではなくて、うっすらと雲が広がっていて、そんな色に見えたのでしょう。「田」の方をうすみどりと表現すると平凡になりがちですが、空がその色だったことで、天候までわかってしまうところが、俳句の面白さです。

   おつとりと田唄の笛や日の光  まゆみ

撮影/石地 まゆみ、高見 乾司

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長野・諏訪大社。白装束に赤い帯・襷は、巫女の流れを思わせる。(写真・石地 まゆみ)

宮崎県美郷町・田代神社。農耕に使う牛馬の無病息災を祈り、御輿や人々も加わり泥まみれになって、豊穣を祈る。(写真・高見 乾司)

千葉県・香取神宮。2日間にわたり、面を着けた三体の祓い役、稚児の田舞、華傘、早乙女と、賑やかな祭。御田植後、華傘を前に、社へと戻る早乙女。(写真・石地 まゆみ)

虎鶫

虎鶫眠りの国の霧らひつつ  堀口 星眠

 黄色い体に黒い斑点のある鶫なので、その名が付けられたトラツグミ。森の中で夜、または日中の薄暗い森で「ひーぃ、ひょー」と鳴く声は人の悲鳴にも似て、鵺(ぬえ)の声と思われていました。鵺は、頭が猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という妖怪。古から「声を聞く者の心を蝕み、魂を食らう」と、怖れられてきました。独特なこの鳴き声は『古事記』『平家物語』にも出てきますが、『万葉集』では、「うらなけ(うら泣く)」、「片恋」といった、哀しい心を表す言葉として使われています。

 私は姿を見たことはありませんが、声を聞いた時、妖怪というよりも、やはり、哀しい声に聞こえました。ですが実は案外、人なつこい鳥のようで、地上で虫を啄んでいる時に近くに寄っても、あまり逃げることもないのだとか。ちょっと、意外でした。

 作者はこの日、山の泊りだったのでしょう。どこからか、哀しげな鳥の声が聞こえてきました。眠りについていた作者は、この声にふと、目を覚まします。夢なのか、現実なのか。外は、山霧に包まれています。虎鶫の声によって、横になって「眠りの国」にいる自分の体にも心にも、うっすらと白い霧が忍び込んできているのです。

   鵺の夜のもの言ひ乾くくちびるは  まゆみ

撮影/高見 乾司

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おそろしい言い伝えとは違い、愛嬌のある目。目が大きいのは夜間行動するため。

その名のように、トラ模様の体色は、地上にいる時は、落葉などに溶け込みやすい。

菩提樹の花

菩提樹の花のもとにてことば失せ  八幡 城太郎

 菩提樹といえば、お釈迦様がその木の下で悟りを開いた、という話を思い浮かべます。でも、実はこの話の菩提樹はクワ科のインドボダイジュ、日本で見られ、俳句に詠まれる菩提樹はシナノキ科で、別のものです。臨済宗の開祖、栄西が12世紀に中国から持ち帰ったのが日本の菩提樹。中国では熱帯性のクワ科の菩提樹が生育に適さないので、ハート形の葉が似ているこちらを代用としていました。そんな由来からお寺によく植えられています。

 高さは10メートルほどにもなり、6月ごろに控えめな黄色い花が鈴なりに咲き、ほのかな香りもあります。地を覆う落花の景も、黄色いじゅうたんのようで美しいものです。

 この句の作者は、日蓮宗の僧侶の方。常に、仏様の話、お経の話などを説くことをされていたのでしょう。仏教の話を身近なたとえにして、わかりやすく伝えていく、それが大事な仕事でもあります。種類は違っても「菩提樹」という、お釈迦様のえにしのある木の下に立つと、僧侶として身が引き締まります。たっぷり咲いた黄色い花からあわく降ってくるかすかな香り。時折、散ってくる花。たくさんの教えがひしめくようで、仏教の奥深さを伝えることのむずかしさに、花を見ること以上のふさわしい言葉は出て来なかったのかもしれません。ただ黙って、菩提樹を見上げるばかりです。

   菩提樹の花や呪文のごとく散り  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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杉並区・大宮八幡宮。徳川ゆかりの女性が植えたという。神仏習合時代の名残で、神社でも菩提樹を見かける。

小さい黄色い花。よく見ると、中に球状の実となり始めているものも。数珠にも使われる。

石地 まゆみ先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

※写真や文章を転載される場合は、お手数ですが、お問い合わせフォームから三和書籍までご連絡ください。

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