十二月
花束のやうに嬰(こ)を抱き十二月 恩田 侑布子
子どもを表す漢字はいくつかあります。「子」「児」「童」「稚」「坊」等。それぞれ、子ども、児童、童子、稚児、坊ちゃんと使われるとイメージしやすいですね。
この句の「嬰」は「嬰児(えいじ)」のことです。「やや」と読むこともあるので、ここでは「こ」とふりがなが振られています。嬰児は生まれたばかりの「みどりご」です。小さくて柔らかくて、首がまだ座っていないのでしっかりと抱えなくてはいけません。でも力を入れ過ぎてもいけませんね。壊れないようにそっと抱きます。作者はその感触が花束を抱くときと同じだと思ったのです。
12月はクリスマスの月ですから、嬰児のキリストを胸に抱くマリアを連想させます。嬰児の命も花の命も愛おしいと思うことから生まれた美しい句です。
雑炊
雑炊や活字に艶のありし頃 山口 昭男
活字は活版印刷に用いる金属製の文字の型ですが、現在では活版印刷に限らず、本や雑誌の印刷物を指す言葉にもなりました。
この句の「活字」は活版印刷の活字を言っているのでしょう。活字はかつて木製のものもありましたが、多くは方形柱状の金属の面に文字や記号を凸起させたものです。以前、印刷所に行くとぎっしりと並んだ活字の厖大な数に驚いたものです。でも現在はすっかり電子化して、活版印刷を行っている印刷所はほとんどないようですね。俳人の中にも活版にこだわって句集や俳誌を活版にしている人が10年程前にはいました。活版で印刷された文字は、どこか味わい深く、誌面が生き生きして見えるからです。
この句の作者もそれを懐かしんでいるのでしょう。熱々の雑炊を口に運びながら、湯気の向こうに古き良き時代を思い出し、目を細めているのです。
冬木
立つことをよろこびひかり冬欅 宮津 昭彦
ニレ科の落葉高木の欅(けやき)は、古語の「けやけし」から付けられた名です。「けやけし」は、他とちがっていて目立つという意味ですから、高く聳える欅の姿にぴったりですね。
欅は春に桜が散る頃、小さな若葉とともに地味な花を咲かせます。目立ちませんが、欅の木の下に散っているのを見かけることがあります。初夏には薄緑色の若葉が柔らかな日差しを返し、真夏には大きな緑陰を作り、秋の紅葉は人目を引きます。そして葉が落ち始め、真冬になって裸木になると手を広げるように枝が伸びている姿を見ることができます。
冬木立というと、とかく淋しくて孤独な姿と受け止めがちですが、この句は幹と枝だけになった欅に日が差しているのを見て、「よろこびひかり」と詠んだ点が独特です。欅の樹形を見てその存在感を神々しいほどに思ったのでしょう。潔さに拍手喝采を送りたいという気持ちだったのでしょう。