季語でつなぐ日々

第35号/十月、夜なべ、吾亦紅

投稿日:2018年10月23日 更新日:

十月

窓大き席十月の陽の匂ひ  山田 牧 

 10月は暑くもなく寒くもなく、湿度も低くて気持ちの良い日が多いですね。この句は大きな窓のそばに座って、十月の日差しを楽しんでいる場面です。9月では残暑が厳しく、11月では寒くなりますから、10月ならではの句と言えます。

 レストランかカフェでしょう。大きな窓ガラスが嵌められているので、外の風景を思い切り楽しめるようなお店。今の季節は色づき始めた街路樹が見えて、そこに日が当たると輝くのです。行き交う人達も心なしか軽快な様子です。その席でゆったりと過ごすことが人生の贅沢だと思わせてくれるような俳句ですね。

  作者は「宵待屋珈琲店」というお店を開いている女性です。東京の荻窪駅の南口から徒歩2分。上品なセンスで、心くばりがあって、詩情の漂う珈琲店です。


宵待屋珈琲店の外観

夜なべ

夜なべする妻に空腹言い出せず  永井 邦彦

 秋も終わり近くになると夜が長くなります。電灯をつける時間が早くなり、夕食も早く食べることになって、食後から寝るまでの時間が長く感じられるのです。その時間に、昼間にできなかった趣味や仕事に取り組めます。それが「夜なべ」という晩秋の季語です。

 この句では妻が何かに集中していて楽しそうなのでしょう。黙々とやっている様子を夫が横で見ていて、小腹がすいていることを言い出せないのです。妻の自由時間を侵してしまいそうで、遠慮している夫。でも、もしそれを告げたら、妻は全然いやそうな顔をせず「私も空いていたのよ」と言って、さっと台所に立って行くのではないでしょうか。長く連れ添ってきた夫婦の穏やかな情愛を感じさせる句です。

吾亦紅

風は名をいくつも持ちて吾亦紅  木本 隆行

 秋の野で見かける吾亦紅は独特の風情ですね。花と言っても花弁がなく、黒っぽい赤色の咢が4枚ずつ、いくつも円筒状に並んで穂のようになっています。地味な花ですが、秋の遅くまで野の風に揺れていて、人の心に残ります。

 この句では吾亦紅を揺らす風のほうに着目しています。確かに風にはいろいろな名がありますね。秋の風だけでも、「雁渡し」「青北風」「送りまぜ」「やまじ」等。地域ごとに風の呼び方が変わるので独特な呼び方が生まれるのです。

 作者は、そのような各地の秋風があちこちの吾亦紅を揺らしていると思ったのでしょう。寂しそうな表情の吾亦紅をさまざまな風が慰めるように吹いているのです。

 作者の吾亦紅を想う心は野を歩き回って、秋を堪能したからこそ生まれたのでしょう。晩秋の野へ出かけてみたくなる句です。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第7号/立秋、魂まつり、朝顔

立秋 秋来ると文(ふみ)の始めの佳きことば  松浦 加古    立秋は秋の初めを表す二十四節気で、今年は8月7日に当たります。俳句では「秋立つ」「秋来る」「秋に入る」「今朝の秋」などという季語でも詠ま …

第8号/処暑、秋日和、芙蓉

処暑 山を見ていちにち処暑の机かな  西山 誠    処暑は暑さがおさまるという意味の二十四節気で、今年は8月23日が処暑に当たります。  まだ残暑が厳しい頃ですが、朝夕に吹く風が肌にさらっと感じられ …

第38号/神無月、冬の波、枯芒

神無月 神無月跳んで帽子を掛けて子は  国東 良爾   神無月は陰暦10月のことです。陽暦に直すと1か月ぐらい遅くなりますから、歳時記では初冬の季語になっています。  この月は古くから、諸国の神々が出 …

第22号/春分、木の芽、桜

春分 春分の田の涯にある雪の寺  皆川 盤水  春分も二十四節気の一つです。太陽が春分点を通過する時刻が春分ですが、その時刻がある日を暦で春分と呼んでいます。今年は3月21日でした。この日はお彼岸の中 …

第23号/清明、燕、馬酔木の花

清明 清明やきらりきらりと遠き鍬  大橋 弘子   清明は「清浄明潔」の略です。その文字の通り、空気が澄んで陽光が明るく、万物を鮮やかに照らしだすという意味の二十四節気です。この時期になると、萌え出た …