人のいとなみ・自然のいとなみ

第16号/どんど焼き、繭玉、福寿草

投稿日:2020年1月14日 更新日:

文/石地 まゆみ

どんど焼き

金星の生まれたてなるとんどかな  大峯 あきら

 元日一日を大正月というのに対して、一月十五日は小正月と呼ばれています。主に農家の予祝の行事が行われる日なので、繭玉、餅花を飾ったり、成木責め、鳥追い、春駒、粥占いなど、農耕に関係する行事が行われます。中でも一番知られているのが、左義長、どんど焼きでしょう。十四日の夜または十五日に、お正月の注連飾り、松飾、前年の達磨などを各家から集めて村境や広場に積み上げて焼き上げます。左義長のほか、三毬杖(さぎちょう)、どんど焼き、とんど、三九郎焼き、飾あげ、吉書揚、鬼火など、地方によって呼び名はさまざまです。

 お正月の火祭りはお盆のそれと同様に、荒々しい霊魂を追い退けるために行われたものです。平安時代すでに、十五日または十八日に、陰陽師が関与する宮廷行事として、記録が残っています。左義長の語源については諸説あって、中国で元旦に爆竹で悪鬼を追い払った行事、仏教と道教の優劣を試み経典を焼いたときに、左に置いた仏経が燃えなかったことで「左の義、長ぜり」といった、などありますが、一般的な説は、三本の毬杖(ぎちょう=毬を打つ杖)でしょう。毬杖は中国から伝来の遊戯に使われた杖で、これは、中世には年玉として贈答していたのだそうです。それが折れたり傷んだりしたものを焼く行事に由来する、というもの。
 「どんど」の方は、爆竹の音、火の勢いを表す「どんど」「どんどん」といった言葉の連想からのようで、爆竹の音が大きい年は天候が良いとか、燃えた柱の倒れる方角によってその年の豊凶を占うとか、書初めを焼いてそれが高く上がるほど筆が上達する、どんどの火で焼いた団子や餅を食べると若返る、無病息災になる、という信仰がありました。「どんど」は囃し言葉でもあったようです。

撮影/石地 まゆみ

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田んぼや境内に、やぐらを組む。やぐらの作り方は様々だが、
12、3メートルあるものもあり、火を付けると壮観である。

 場所によっては、道祖神祭りと結びついて、子どもたちが一晩お籠りをする「道祖神小屋・左義長小屋」が作られたりします。そこで集めたお飾りなどを、翌日焚き上げたのです。「塞灯焼(さいとやき)」と呼ばれるのも「塞の神(さいのかみ)=道祖神」や火祭り行事の「柴灯(さいとう=柴の火)」に依るものかもしれません。道祖神は、外部から侵入する悪霊から村を守ってくれる、集落にとっては大切な神様なのです。いずれにしても、「火」の力によって悪を祓う、呪術的なものでした。

 今は、十五日に近い土日に行われることが多いようです。また、かつては宵に行われていたどんど焼きも、生活の都合なのか、昼間に行われることも増えてきました。ですが、火の祭はなんといっても、夜が似合います。夕闇が迫り、子どもたちも大人たちも集まってきます。見上げれば、ひときわ光り輝いている金星が見えました。宵の明星、といわれる金星を「今生まれたばかりのような光」と表現したことで、まだ真っ暗にはなっていない、夕景が見えてきます。どんど焼きの火が、金星へ向かっていくように上がります。どんどの火によって、清められた自身も、「生まれたて」のような気持ちになっているのではないでしょうか。

   森にゐて遠きどんどの音を愛づ  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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大磯の左義長は国指定無形民俗文化財。浜に9つのサイトが建てられる。
裸の若衆が海と浜で綱を引き合う「綱引」の習俗も見られる。


やぐらが倒れる時は、群衆からオーッという声が上がる。
火が鎮まるのを待ち構えて、一斉に団子を焼く。 無病息災となる、という習俗だ。
団子の棹は今は竹が多いが、三又で火に強い「樫の木」を使うところも多いとか。

繭玉

繭玉のゆるるほど炉火あがりけり  石原 八束

 小正月は、行事もたくさんありますが、「ツクリモノ」としての飾り物も各地でさまざまなものがあります。餅花、繭玉、穂垂れ、削掛け、粟穂稗穂(あわぼひえぼ。あぼひぼ、とも)、などで、呼び名もいろいろですが、どれも、農作の開始に先立って、「このように良く実れ」と、縁起物として豊年満作の形を模し「予祝(よしゅく)」の行事としての飾り木です。

 餅花は稲、繭玉は養蚕の繭の形に、紅白の小さな餅や団子をたくさん付けます。エノキ、トチ、ヤナギ、ミズキなどの枝が使われます。削掛け、穂垂れは、ヌルデやニワトコなどの木を薄く削って、削いだ部分を縮らせたり、反らせたりして、花の形に似せたものです。紙が容易に手に入らなかった時代に、幣として用いられたことに由来するといわれています。神楽でも、面を着けた神様が登場する時に持って出る幣の付いた棒を「削り掛け」と呼んでいるところがありました。粟穂稗穂は、名の通り、粟や稗の穂を模しています。こちらは細工した皮付きの物を稗、白く剝いだものを粟に見立てています。これらは、神棚や戸口、土間や居間などに飾られます。

 柳田國男も言っているように、もともと暦の無い時代に、時期を知るのには「月」の存在が重要でした。新月である「朔日(一日)」よりも、満月である「十五日」の方が、日にちの「境」として分かりやすく、大切だったのでしょう。なので、正月も「望」である十五日の小正月に、さまざまな行事が残されたものと思われます。一日からの大正月を「松の内」というのに対して、小正月から月の末までを「花の内」ともいいます。

 囲炉裏の、皆が集まるところに飾られた繭玉。その垂れ下がった姿、にぎやかに餅が付けられた様子は、農耕に携わる人にとって、作るのも飾っておくのも、うれしい姿でしょう。人の立居によってゆらゆらと動くので、それがよく詠まれますが、この作者は、誰も動いていないのに、ゆらゆらと揺れる繭玉を見ています。「火」の上昇気流によってできた、空気の動きによるものです。この句からは、炉火の盛んな美しさ、炉を囲む人々の姿も、よく見えてきます。

   裏山へ鴉声のひとつ削り掛け  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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居間に飾られた繭玉。右は、ハナとも呼ばれる削掛け、ニワトコを束ねた福俵。

粟穂稗穂。左が白く剝いだ粟、右の上の方が皮が付いているので稗の穂を表す。

福寿草

頬杖に昼を眠れり福寿草  岡本 眸

 艶々とした黄色の花びらを広げて咲く福寿草はキンポウゲ科。もともとは旧暦のお正月ごろ、春に先駆けて咲くので、「幸福」「長寿」を祝う花として、福寿草、と名付けられました。元日草とも呼ばれています。江戸時代から、たくさんの品種が栽培されていました。お正月に咲く、というのは旧暦の話、今は、自生で咲くのは2月から4月ですから、ハウス栽培で早く咲くように鉢植えにして売られています。玄関や床の間に飾られ、黄色く明るい色がいかにもお正月らしく愛でられていますが、実は有毒植物だそうです。俳句では、自生で咲いているものではなく、新年の鉢植えとして詠むものです。

 寒さが厳しく花の乏しい時期に、この目出度い名を持つ可憐な黄色い花は、どれだけ人の心を和ませたことでしょう。数株が寄せ集められた鉢植えに、よく青い鉢を使い、白砂を配することがありますが、まるで海と雪の取り合わせの中に黄色い太陽が出ているようで、楽しくなります。仲の良い家族のように捉えられるのも、正月らしいですね。
 花弁をつかって、日光を花の中心に集めて温め、虫を引き寄せるのだそうです。ですから、日が当たると開き、翳ると閉じてしまいます。黄色は、お日様の力をもらうための色なのですね。

 作者は、福寿草の鉢をどこに置いていたのでしょうか。居間でしょうか。年が明け、すでに数日、経っているのでしょう。忙しない日々が過ぎて、作者は福寿草のある部屋で、頬杖をついて、ぼんやりと考え事をしていたのでしょう。冬の日差しが窓から暖かく入り、福寿草も陽を吸うように開き、作者にも降り注ぎます。気づくと、頬杖のその恰好のまま、うたた寝をしていました。日の光、時間、時期が、説明されていないのに読み解けるのは、俳句の楽しみです。

   八臂とふ御姿くらし福寿草  まゆみ

撮影/石地 まゆみ

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自生の福寿草は、2-4月に咲く。季語で使うのは主にハウス栽培の鉢植えの福寿草である。

咲き始めは、葉は固く、花の丈も伸びていない。

石地 まゆみ先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

※写真や文章を転載される場合は、お手数ですが、お問い合わせフォームから三和書籍までご連絡ください。

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  1. […]  早春に咲く花には、黄色い花が多いように思います。前々回取り上げた「福寿草」もそうですが、「蠟梅(ろうばい)」「満作(まんさく)」「クロッカス」「土佐水木」、しばらくすると「ミモザ」「菜の花」・・・。黄色の花が多いのは、花粉を運ぶ昆虫にとって、一番目につきやすい色だからだとか。春まだ寒い時期に活動できるハチやハナアブの好む色なのです。子孫を残すための花たちの生態が、私たちに春の訪れを感じさせ、元気をくれるというのも、面白いことですね。 […]

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