文/石地 まゆみ
生姜市
包みたる神明生姜よく匂ひ 深見 けん二
9月11日から東京芝の芝大神宮での祭礼「芝神明祭」が始まります。別名、「だらだら祭」。21日までえんえんと長く続くのでこの名がありますが、11日間とは、おそらく東京で最も長い祭りなのではないでしょうか。また境内で生姜が売られるので「生姜市」とも呼ばれています。
今は芝大神宮と言われていますが、もとは「芝神明社」、平安時代から続く、古いお社です。「神明」は、伊勢神宮のご祭神、天照大神と豊受大神のことで、「神明」という名の神社はお伊勢さんと同様、この二柱の神をまつっている神社のことです。つまり、芝大神宮も、伊勢信仰の、東京での中心的な役割をしていた神社なのです。芝一帯は「飯倉御厨(いいくらみくりや)」という伊勢神宮の荘園でもありました。増上寺の脇の芝公園には、丸山古墳が今でも残りますが、芝神明社も元はこの古墳の辺りにあったそうです。大都会の芝に、古墳が残っていることにも驚きですね。各地の神明社のお祭りも、9月に行われることが多いようですが、伊勢神宮にならって「収穫感謝祭」として営まれることが多かったのです。
「生姜市」は、かつて周辺の農家が、この時期に収穫される新生姜を境内や参道で売ったことに始まるもので、ビルが立ち並び、農家などなくなった現在でも、生姜が売られています。「初鰹」「初茄子」と、「初物」好きな江戸っ子にはたまりませんし、生姜には、毒消しの効果があると言われているので、大変な人気だったことでしょう。
また、縁起物の千木筥(ちぎばこ)は、小判型の曲物が三段重ねられ、胡粉で藤の絵が描かれています。箱の中には飴(今は大豆)が入っていて、藤が「不時の災難に合わない」と魔除けになるとか、落雷を免れるとか、「千木」が「千着」にも通じるので、箪笥に入れておけば着るものに不自由しない、良縁に恵まれる、と、今でも女性に人気です。
東京や近郊では、生姜がよく作られていたと見え、「生姜市」「生姜祭り」は、八王子やあきる野など多摩地方でも行われています。あきる野の生姜祭りで、立派な厄除け生姜を買ったことがあります。持ち歩いているだけで、ぷんぷんと、生姜の匂いがして、帰りに困りました。
この句の作者も、芝大神宮のお祭りで生姜を買いました。葉付きの新生姜ですから、私が感じたと同様、本当によく匂ったのだと思います。どんなに包んでも、隠せないほどの匂い。それは、芝大神宮のご利益が包みきれないもののようにも思われて、大切に持ち帰り、美味しくいただいたことでしょう。
夕ぐれの雨匂ほせて生姜市 まゆみ
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芝大神宮の「江戸名代神明生姜」。長い祭りの中日には、「大祭祭儀」「御輿渡御」が行われる。(撮影/黒澤 麻生子)
藤の花の絵が愛らしい、千木筥。(撮影/石地 まゆみ)
あきる野市二宮神社の生姜祭り。駅から境内まで、生姜の露店が立ち並ぶ。様々な演芸や「秋川歌舞伎」で二日間、にぎわう。(撮影/石地 まゆみ)
良夜
母訪へばすぐに扉の開く良夜かな 角谷 昌子
今日9月13日は、旧暦の8月15日、十五夜です。さまざまな行事が新暦で行われるようになっても、さすがに十五夜だけは、旧暦で行わなければ、お月さまの状態が合いませんね。ただし、今日の月は月齢13.7日で、満月ではありません。月の満ち欠けの周期は29.5日ですから、12ヶ月で345日、今の数え方よりも11日も少なくなります。このずれを調整するために、「閏月(うるうつき)」を作り、1年が13ヶ月の年もあるわけです。そこで今年の「満月」は、明日、14日になるのです。
「良夜」自体は、「月の明るい良い夜」という意味ですが、俳句ではもちろん、十五夜の中秋の名月の夜のことを言います。旧暦9月13日の十三夜の月に用いられることもあります。『徒然草』の「八月十五日、九月十三日は婁宿(ろうしゅく・中国の星座の呼び方で、今の牡羊座の星のこと)なり。この宿、清明なるが故に月をもてあそぶに良夜とす」とか、中国の蘇東坡(そとうば)の「月白く風清し、此良夜を如何」という『後赤壁賦』の詩もあって、秋の明るい清らかな月を愛でる夜を言い表す、美しい季語です。
14日の月を「待宵」、15日の「名月」、一日ごとに、「十六夜」「立待月」「居待月」「寝待月」・・・。日本人の、月を愛する気持ちが、月の名称となって詠まれています。一日ごとに後れてゆく月の出を待っている気持ちは、愛する人を待つ気持ちとも重なります。
作者は、離れている母を訪ねます。ちょうど十五夜の良い月が空に美しく、「着いたら母に教えよう」と道々、思いながらの訪問だったことでしょう。子を待つ母親も、子の帰りを今か今かと待っています。呼鈴を押すと同時にすっと開いた扉には、母の愛がいっぱい詰まっていて、お互いの想い合う心のように、月が二人を照らしています。
禊場の滝音円き良夜かな まゆみ
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十五夜の設え。「芋名月」の別名もあり、新芋や団子、薄が供えられる(生田民家園にて)
十五夜の月が、海を照らす。江の島にて。
風船葛
風船葛風蓄えて殖えにけり 宮津 昭彦
その実が萌黄色の風船のようで愛らしく、鉢植えや庭でよく見かける「風船葛」。茎はひょろりと長く、巻きひげで、いろいろな植物に絡みつくつる性の植物です。はじめはその茎があまりに細く、育つのかしら、と思いますが、なかなか丈夫で、ぐんぐんと茎を伸ばしていきます。
8~9月ごろに、目だたない小さな白い小花を咲かせます。あまりに小さく、触れるとほろりと散ってしまうので、台風の多い時期、心配になってしまいますが、次々と花を咲かせ、これもまた小さな実となっていきます。少しずつ膨らんでいく袋状の紙風船のような実は、大きく育つのを見ているだけで、楽しくなります。ゆらゆらと風に揺られる姿を見て、ぷっくりとした実を押してみたくなる気持ちは、誰でもが持つことでしょう。「一緒に飛びたい」「自由な心」という花言葉は、ぴったりですね。
この句の、「風を蓄える」という言葉に納得します。気づかないほど小さな実が付いて、それがどんどん、膨らんでいく。それは、まるで風が実の中に入り込んで、膨らませているように思えます。いくつもの実となる風船葛は、花の時期も、実となっても、風があって、揺れてこそ。実の中には、日々の風がいっぱい、つまっているように感じられます。
ふうせんかづら風にまかれて旧街道 まゆみ
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緑色の風船が揺れるよう。徐々に茶色くなり、ハート柄の種ができる。
花は小さいけれど、よく見ると美しい。まだ膨らみきらない実は、これからが楽しみ。
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