立夏
街角のいま静かなる立夏かな 千葉 皓史
立夏は二十四節気の一つ。この日から夏が始まります。今年は5月5日の子どもの日が立夏に当たります。
立夏は立春や立秋に比べて、あまり意識されない日かもしれません。梅雨が明けてかんかん照りになって初めて夏らしいと思う人もいるでしょう。
けれども、この季節は、木々に萌え出た淡い緑色の葉が日に日に色濃くなっていきます。ゴールデンウィークに出掛けると汗ばむこともあります。そのようなことから、明らかに春との違いを感じる時期と言えるでしょう。
ここに掲げた句は、街角に立って静けさを詠んでいます。交通量が少ない街なのか、人がいない街なのかと思う人もいるでしょう。でも無音だと言っているのではありません。
4月の新年度の喧噪が過ぎ、お花見も過ぎ、人々の暮らしに落ち着きが出てきた頃だと作者は感じたのです。少し大人になった街、そして新生活に溶け込み始めた人々。
そんなことを、5月の街角で心地よい風を受けながら感じているのです。
天道虫
翅わつててんたう虫の飛び出づる 高野 素十
旧仮名遣いの表記で「てんたう虫」と書いてありますが、現代の表記に直すと「てんとうむ虫」、漢字では「天道虫」と書きます。赤くて黒い斑点がある、あの可愛らしいテントウムシのことです。
昆虫は蝶でも蜂でも蜻蛉でも、翅を広げて飛びます。てんとう虫も左右に翅を広げて飛ぶのですが、もともと半球の形をしているので、翅を広げるときに、球を真二つに割って飛ぶ格好になります。作者はそこに注目しました。「わつて」という表現は他の虫では通用しません。てんとう虫ならではと言えるでしょう。それを発見したことが、この句の優れたところです。
作者は明治26年生まれ、高浜虚子の高弟。東大の医学部で法医学を専攻しているときに俳句を作り始め、俳人として活躍、その一方で新潟医科大学の法医学教授でした。
対象をじっと観察して写実的に詠むことを信条として、平明な分かり易い句をたくさん残しました。
薔薇
薔薇の戸や小鳥の如く人暮らす 岩田 由美
「小鳥の如く」暮らすというのは、どんな暮らしなのでしょう? すずめ、四十雀(しじゅうから)、目白、頰白などを想像してみましょう。
木々の間を飛び回り、よく囀ります。春に恋をして卵を産み、初夏は子育ての季節です。木の茂みや軒下の隙間などに小枝を運んできて巣を作りますが、くちばし一つで巣を整えるときの小まめな動きはほんとうに見事です。
その姿を想像すると、「小鳥の如く暮らす」のは、働き者のお父さん、あるいは恋をしているお姉さんかもしれません。
でも、季語が「薔薇」なのです。戸は戸口のことで、家を表しています。薔薇が咲いている庭のある家。美しく咲かせるために丹精したのでしょう。窓ガラスをキュッキュと拭いて部屋からも眺めますが、香りを楽しむために庭に出たり入ったり。薔薇が咲いている一日一日を大切にしている女性が目に浮かびます。
薔薇はドラマチックな場面に似合いますが、この句では陽光が溢れる家の、小さな幸せの象徴として詠まれています。