季語でつなぐ日々

第30号/夜の秋、夏座敷、百日紅

投稿日:2018年7月29日 更新日:

夜の秋

夜の秋の平家におよぶ話かな  大峯 あきら

 「夜の秋」は「秋」と付いていますが、夏の夜のことです。7月も終わりぐらいになると、暑さの中にふと秋の気配を感じることがあります。それを俗に「土用半ばに秋風が吹く」と言ったりします。それと似た意味の季語が「夜の秋」です。昼間は暑くても夜になると涼しくなって、秋の訪れが近いことを感じるという晩夏の季語です。

 夜に会話を交わしているちに歴史を遡り、平家の話になったのでしょう。平家物語か、平家の落人伝説か、平家琵琶か、平家納経か。いずれにしても平家に纏わる話に及んだのです。平家一門の栄華と滅亡は日本史の中で最も強烈な出来事の一つで、さまざまな物語を残しました。「夜の秋」という深い闇を想像させる季語に相応しい内容の句と言えるでしょう。


厳島神社

夏座敷

母も子も枕に散りて夏座敷  田中 千波

 春や秋の座敷は季語になっていませんが、夏と冬は季語として俳句に詠まれます。夏の座敷は襖や障子を外し、簾を掛けて風を通すなど、設えが変わります。冬にはまた建具を入れて寒さを避けるのでどちらも季節感が生まれるところから季語になっているのでしょう。夏に畳を素足で踏んで歩くときのひんやりとした感触もいいものですね。

 この句は昼寝の光景だと思います。かつては気温の高い午後の時間に、家の中の涼しい場所を選んで昼寝をしたものです。一つずつ枕を持って思い思いの場所で一時間ほど昼寝をしました。

 この句では母と子が座敷にバラバラになって寝る様子を「枕に散りて」で表現したところが手柄です。健康的な一家の明るい昼寝風景が目に浮かびます。

百日紅

さるすべり暫くありて妻応(こた)ふ  田中 良次
 
 真夏の庭や公園で、紅色や白色の百日紅の花が枝の先に丸みを帯びて咲き、風が吹くとゆらゆらと揺れているのを見ることがあります。それがさるすべりです。幹は猿がすべりそうに滑らかなので「さるすべり」と呼び、花の時期が長いので「百日紅」と書きます。

 この句は、夏の日盛りの家の中のことでしょう。夫が何かを妻に話しかけると、妻がすぐに返事をせず、しばらくしてから応答したというのです。家庭生活ではよくある光景ですが、「暫くありて」に、結婚して長い月日を重ねてきた夫婦の落ち着きと信頼関係が想像できます。

 静かに揺れつつ小花を降らせているさるすべりが美しい夫婦関係を象徴しています。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第1号/立夏、天道虫、薔薇

立夏 街角のいま静かなる立夏かな  千葉 皓史  立夏は二十四節気の一つ。この日から夏が始まります。今年は5月5日の子どもの日が立夏に当たります。  立夏は立春や立秋に比べて、あまり意識されない日かも …

第20号/雨水、囀、蕗の薹

雨水 低く出づ雨水の月のたまご色  岸 さなえ  二十四節気の一つ雨水は「うすい」と読みます。立春が過ぎて厳しい寒さが遠のき、空から降るものが雪から雨になり、氷が溶けて水になる頃という意味で、今年は2 …

第14号/小雪、障子、石蕗の花

小雪 小雪や声ほそほそと鳥過ぐる  鍵和田 秞子    小雪は、立冬から十五日後、雪が降り始める頃という意味を持つ二十四節気です。地域によっても異なりますが、雪がまだ降っていない土地にも、山間部の雪の …

第2号/小満、夏、泰山木の花

小満 小満のみるみる涙湧く子かな  山西 雅子  小満は「万物しだいに長じて満つる」という意味を持つ二十四節気の一つです。木々の若葉が大きく育ち始め、野も山も光って、自然界に生気がみなぎってくることを …

第28号/短夜、梅漬、蛍袋

短夜 短夜の青嶺ばかりがのこりけり  加藤 楸邨      「短夜」は日の入りから日の出までの時間が短い夏の夜のことです。「明易し」とも言い換えられる季語です。  夏の短い夜が明けてしまうのを惜しむ気 …