季語でつなぐ日々

第26号/麦の秋、ざりがに、紫陽花

投稿日:2018年5月29日 更新日:

麦の秋

教科書を窓際におき麦の秋  桂 信子
   
 「麦の秋」は、「秋」と付いていますが、夏の季語です。麦の穂が稔り、黄色く熟してゆく頃を、麦にとっての実りの秋だという意味で「麦の秋」と呼びます。「麦秋」と書いて、「ばくしゅう」としても使われます。五月の半ばから七月にかけて、麦畑が一面の黄色になっている風景には、どこか異国の雰囲気があり、また、懐かしさも感じられます。

 この句は学生の机を詠んでいるのでしょう。一冊の教科書を窓際の棚か机に置いた句とも読めますが、私は昔の机を思い出しました。最近のデラックスな学習机は棚が付いていますが、昔は教科書を机の上に立てて並べたものです。机は明るい窓辺に置かれていましたから、教科書の向こうに外の景色が見えました。この作者の家からは麦畑も見えたのでしょう。そして麦秋の頃になると、その光景を思い出すのではないでしょうか。家族が多かった昔、自分の机を与えられたときの子どもはほんとうに嬉しそうでした。

ざりがに

ざりがにの形に泥の動きけり  佐田 素子 

 暑くなって、水辺で遊びたくなる季節になりました。池や小川でざりがに釣りをしている子どもを見かけると、室内ゲームばかりでなく自然に触れている子がいて良かったと思います。ざりがには簡単に釣れますが、ちょっとしたコツも必要で、そのコツを掴んだり、餌の工夫をしたりする楽しさがあります。よくやっているのは、割り箸の先に糸をつけて小さく切ったスルメを結び付けて垂らすと、ざりがにが食い付いてくるというやり方です。スルメがちょうど良いのは、水でふやけても崩れず、ざりがにの鋏ではちぎれないからです。

 ざりがには澄んだ水の中にも見えますが、泥の中に隠れていることが多いので、泥に餌を垂らして探ってみます。そのときにこの句が生まれたのでしょう。泥まみれのざりがには泥と一体になって判別がつきにくいのですが、泥がざりがにの形に動いた、と思ったのです。写実的な表現で、ざりがにの生態を掴んでいます。


道の駅 サシバの里いちかい様より画像をお借りしました。
ありがとうございます。

紫陽花

紫陽花剪るなほ美(は)しきものあらば剪る  津田 清子 

 紫陽花を見かける季節になりました。庭や公園では昔ながらの青い毬の紫陽花が多いですが、花屋さんには新種が並んでいて色も形も多彩。その名も、墨田の花火、万華鏡、アナベル等と付けられていて、命名に感心しつつ眺めるのも楽しいですね。

 この句は庭の紫陽花を剪って部屋に活けた場面だと思います。「なほ美しきものあらば剪る」の強い言葉に驚かされますが、紫陽花が非常に美しいことを讃えているのです。そして作者の美への貪欲な追求が感じられます。

 心の奥に、土に咲いている花を剪ることへのうしろめたさがあったのかもしれません。花瓶に活けて部屋で眺めるというのは花を独占して我が物にするという行為とも言えるでしょう。でも、梅雨の鬱陶しい季節、瑞々しい紫陽花を部屋に飾ると気分が一新することも確かですね。

藤田直子先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

-季語でつなぐ日々

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

第32号/新涼、残暑、桃

新涼 新涼の母国に時計合せけり  有馬 朗人   夏に「涼し」という季語があります。暑さの中でも、朝夕の涼しさや木陰に入ったときの涼しさが嬉しいと感じるときに使われる季語です。  立秋を過ぎてからの涼 …

第18号/大寒、薬喰、臘梅

大寒 大寒の一戸もかくれなき故郷  飯田 龍太  二十四節気の中でも、大寒はよく知られています。天気予報士がテレビで「今日は大寒です」と言うと、一段と寒さを感じて身が引き締まるような気がします。201 …

第36号/夜長、鴨来る、柿

夜長 長き夜の妻の正論聞きゐたり  中村 昇平   日の入りが早くなって、夜が長く感じられる季節です。「灯火親しむ」は、長い夜に読書を楽しむという季語、「夜なべ」は仕事に精を出すという季語です。いずれ …

第9号/白露、秋入日、秋桜

白露 白露の日神父の裳裾宙に泛き  桂 信子  白露(はくろ)は二十四節気の一つで、今年は9月7日に当たります。  白露を「しらつゆ」と読むと「露」を美しく表した言葉になります。露は大気中の水分が気温 …

第7号/立秋、魂まつり、朝顔

立秋 秋来ると文(ふみ)の始めの佳きことば  松浦 加古    立秋は秋の初めを表す二十四節気で、今年は8月7日に当たります。俳句では「秋立つ」「秋来る」「秋に入る」「今朝の秋」などという季語でも詠ま …