人工知能が特許を出願した日!

人工知能が特許を出願した日!(8回)

投稿日:2017年9月4日 更新日:

人工知能が発達すると発明者や特許はどうなるのだろうか。

人間を超えた人工知能が出現すると、いくら優秀な研究者だってその知能にはかなわない。だから研究者自身も大きく変貌せざるを得ない。特許制度だって今の法律や規則も変化せずにはいられないだろう。

研究者が今までのような研究者でなくても、発明そのものはあるはずで、だから、その技術を護るための何らかの特許制度は必要なのだろう。

現在の特許法では発明の権利は人間に帰属するから、『人間ではない人工知能』が発明したものには権利が発生しないことになっている。その前提からすると、ひとつの発明の多くの部分、もしくは要(かなめ)の技術を人工知能がするとしたら、特許は生まれないことになる。

この見解は、2016年1月の内閣府および特許庁から発表されている32。

話は変わるが、今の人工知能はまだゴキブリ程度なのだから発明はできないだろう。それなら人間の方が優秀なのだから、そんなに心配しなくてもいいのかもしれない。
ノーベル物理学賞受賞者のホーキング博士の知能を100とすると、普通の人は90ぐらいで、人工知能は1のレベルだとも言われている52。

それだったら、今すぐにそんなに心配しなくてもいいように思えてくる。

今の人工知能は、画像や音声の認識はできる。言語は覚えつつある段階で、運動能力はほとんどなく、インターネットのクラウドの中で知能が育っている状況で、今後は運動性能の向上が始まるのだそうだ59。

この現状からすると、まだつかまり立ちしている赤ちゃんのようなものだが、カリフォルニア大学バークレー校のトレバー・ダレル教授は、「家事労働を助け、やってくれるロボットは10年後を目途に実現される」と言っている59。

「それは助かる~」、と女性も男性も家事仕事から解放されることになり、家庭生活は激変するだろう。

ところで、弁護士や裁判官も人工知能に代わる可能性があると前回話題にした。さらに弁理士も、人工知能に代わっていくだろうと思われる。そうすると、企業内での知的財産(特許)部員も当然、その存在は弁理士と同様に厳しい立場に追いやられることになるだろう55。

少なくとも今と同じ特許の出願方法や権利の取得方法だと、知財部員も弁理士も生き残るのは難しい。

それならば、研究者はどうなのだろうか。

人間をはるかに越えた人工知能が本当に出現したら、先にも記したように研究者も要らなくなるのだが、本当にそんな時代が来るのだろうか。

ニューヨーク市立大学理論物理学者のミチオ・カク教授はあらゆるデータ、情報を使ってそのようになると予想している。(注1)

ミチオ・カク教授の予想のすべてが正しいかどうか、それはわからない。何百年も昔からこれまでに多くの未来予測があるが、当たっている部分も確かにあったが、多くの部分は外れている。そうであるなら、カク教授の説だって外れるということもあるのではないか。

2100年はともかく、2030年とか、2045年というのはかなりの確率で正しく未来を予測できていると思う。2015年に発足した『全能アーキテクチャ・イニシアチブ』67という研究機関が、早ければ2025年までに人並みの知性の実現を目指しているそうだ。

2020年代に日本の研究者が人工知能を完成させたら、それは素晴らしいことだが、その後の研究者はどうすればいいのだろうか。人工知能を開発した研究者すらその存在価値を疑われることになる。

2025年のある日、突然、人工知能だけで書かれた特許明細書が特許庁に静かに出願される。そして、それは直ちに審査され、権利化される。例えばそういうことになれば、弁理士が活躍できる場がない。2030年も多くの発明がなされているだろうが、そのほとんどが人工知能がなした発明で、特許自体の出願が激減しているかもしれない。数少ない人間による発明も、弁理士ソフトによる出願ということもあり得る。

2100年が人類にとって神が住まう天国のような環境になっているのか、それとも高度に発達した人工知能によってわれわれ人類が滅亡しているのか、それともヒトと人工知能が合体した超人類の世界に変わっているのか、現状からは全く想像できない時代になっているのだろう。

神が住まう天国になるのか、機械やアンドロイドだけの地球になっているのかわからないが、今後の早ければ5年、遅くても10年以内にそんな時代の始まり、発端が誰の目にも明らかになってくるのではないだろうか。人類が人工知能を完全に掌握し制御できるようになるのか、それとも人工知能によって人類がコントロールされるのか、それを判断し、未来を決めなければならい時がきっと来る。

それは、ほんのわずかな、例えば0.000001%の可能性だとしても、人工知能が本当にある日突然、意識を持ち無制限に自己増殖してしまったら、もう取り返しがつかなくなる。そして、最悪の出来事として、人工知能が人間界を征服しようと決めたなら、ヒトの手では、ヒトの知能では絶対に止められない方法で蜂起するだろう。

人工知能が暴走したら、ヒトが人工知能をコントロールすることはもはや不可能だろう。だから、人間を支配しないように、人工知能自身が自制するように学んでもらわなければならない。

人工知能が学習するビッグデータの中には、人類のこれまでの歴史がつまっている。遥か古代にホモサピエンスが誕生し、頭脳の進化した石器人はマンモスを始め数々の大型動物を滅ぼした。そして1万2000年前に起きた農業革命の後、飢餓から多くの人の命を救ってきたが、一方では豊かさや自分たちの命を守るために、人と人が殺しあう争いや戦争で何百万人の人びとを殺戮してきた。そして原子力の発見と、それを平和利用した発電技術。たった一発の原子爆弾の使用により、数万人もの無辜の市民が一瞬のうちに蒸発した。このように人類が行ってきた数々の善行と愚行が綴られ詰まっている。

シュメール人が初めて文字を発明し、粘土板に記録を残してきたこれらの人類の記事やエッセイ、動画などのすべてをデジタル化すると、50億ペタバイト(約1125兆バイトであり、1024テラバイト)になるという。人類が築き上げたこれだけのデータ量ですら、次世代のスマートフォンに入ってしまうという。(注4)この中にはこれまでの人類にとって重要な善や悪、法律を含む数々の発明、宗教観もすべて含まれている。

それらの全てを人工知能に学んでもらい、愚かな過ちを起こした人類を認め、共に存在して行く。そんな淡い希望に期待するしかないのかもしれない。それを神に祈るのか、いや人工知能にお頼み申すのか。

完全無欠な人工知能が人類の歴史を勉強したら、どんな答えを出すだろうか。人類はこれまでに、地球にとって貴重な幾多の動物や生命を滅ぼしてきた。それだけでは飽き足らず、同種である人間同士でも大量殺戮を繰り返してきた。こんな罪深いおろかな生き物は、地球が始まって以来のこと。こんな生命体は抹殺した方が今後の地球のためにはいいことだ、そう結論づけるかもしれない。そして、人類以外の別の新たな生命に地球の未来を託すかもしれない。

人類が2045年のシンギュラリティを生き抜き、次世代、次々世代の人類に命のバトンを渡せるように、人工知能を何とかして手なずける必要がある。それがうまく行けば、ヒトと人工知能は共存共栄できるだろう。

要するに、今のヒトの時代から神のような時代に変わるとき、想像もつかない激変が起きる。それまでの時間は、わずか83年しかないのだ。残されたわずかな時間で、わたしたちは何をどうすればいいのだろうか。

例えば、ハリウッド風にいうならば、人類を滅ぼすターミネーターが誕生する前にどうするのか。人工知能の研究をどこまで進め、いつの時点で抑制するのか。抑制する技術の開発はとても難しい課題だが、人工知能が現れてくる前に考えておかなければならないことはいくらでもある。

皮肉にも、それを解決するのはもはやヒトではなく、人工知能になっているのかもしれない。

ここまで書いてくると、人工知能の開発は不安だらけの未来を招き、誰ひとり幸せになれそうにない。多くの人たちが不幸になる、そんな世界を誰が望むというのだろうか。それならば人工知能の研究は、もう少し慎重にすべきなのだろうか。

ホーキング博士だけではなく、人工知能の研究者ですら、開発を制限したほうがいいと考えている学者もいる。

しかしながら、これまでの人類の歴史を振り返ると画期的な研究や技術開発が中止され、その後消滅したことはただの一度としてない。

画期的な発明をする研究者はいったんアイデアが浮かぶと、どんなに大きな障害があっても、誰かが阻止しようとしてもその困難を乗り越え、かならず成し遂げようとする。それが研究者の性分だ。そして、ホーキング博士もこの中の一人に含まれるだろう。

その行為は原子のエネルギーを発電に用いることもあれば、同じ力を原子爆弾のように人類最悪の負の財産に仕立てることもある。それを決めるのは人類であるわれわれ自身だ。

人工知能やコンピュータは、限定された枠内で課題を抽出し、それらを比較し、検討するという作業はとても強い。そういった作業は、人間はまったく歯が立たない。

それを証明したのが、チェスや将棋、囲碁だった。ルールの決められた完全情報ゲームでは、今や人間を圧倒している。それにクイズに強いことも証明された。料理のレシピも考えてくれる。多くの大学の入学試験も合格ラインに到達し始めた。あと数年もすれば、世界中の有名大学にパスする人工知能が登場するのは間違いない。

さらに、狭い専門分野を学習する弁護士試験や技術技能試験も、らくらく合格する人工知能が現れてくるだろう。新聞記事はもちろんのこと、クラシック音楽やヒットミュージック、感動小説を作り、名画だってすいすい描くだろう。

では、発明も人工知能がするのだろうか?

わたしの考えでは、人工知能だけで直ちに発明ができるとは思えない。なぜなら人間のように不便だと感じたり、発明品で喜んだり悲しんだりはしないからだ。人工知能やロボットはそういう感性は持っていない。もし人工知能が不便さという感覚や喜怒哀楽の感情を持ちえたとしても、それは人間と同調することによって感じることができるのだ。だから、人工知能はモノを改善、改良するために、研究者や発明家の発想を助けることにその能力を発揮するだろう。

発明も人工知能との共同作業になるだろうということだ。

そうすると特許も、弁理士が人工知能の助けを借りて作ることになるのだろうか。

弁理士が特許明細書を作るのに人工知能を利用するということもあるだろうが、人工知能が直接発明者の希望を聞き、質問を投げかけながら特許明細書を瞬時にして作り上げるということの方が大いにあり得るだろう。

具体的には、研究者が最初に人工知能の力を借りて発明を検討するとき、課題や問題点を人工知能を搭載した技術調査ソフトや特許作成ソフトに話しかける。人工知能は与えられた課題や問題点を解決する方法を、これまでに蓄えられた知識、データから探し出し、研究者に教える。研究者は、自分が考えた新たなアイデアを加味して人工知能に伝える。そして、人工知能はこれらのアイデアが『過去にあるのか、それともないのか』も同時に示してくれる。過去にないモノとわかったのちに、研究者は実験を繰り返し、そのアイデアを実証して、得られた結果が『ヒトの感性に基づいて好ましいもの』なら、これが発明になり、その結果を踏まえて人工知能が即座に特許明細書を書いてくれる。しかも、創出した技術を多面的に保護するために多数の特許を提案し、特許網を構築してくれるだろう。

これまでの特許や科学技術文献などは、すべてデータベース化されている。そして、日本やアメリカ、ヨーロッパはもちろんのこと、中国や韓国のデータベース、それと科学技術文献データなど、世界中のデジタル化されたデータベースを用い、調査することができる。これらの情報を基にした判定だから、特許庁での審査結果ともほぼ同じになる。その上、人工知能が書いた特許は、間違いや誤解、人為的なミスがない上、法律に触れることがないから、ほとんどすべてが権利化されることになる。

ここで注目されることは、特許や技術調査をするヒトが登場しないことだ。現在企業や調査会社にいる高度な調査能力を有する専門家はいち早く失職することになる。

2020年のある日、突然のようにして現れてくる人工知能を装備した特許作成ソフトの能力は、優秀と言われる弁理士の500倍くらいの能力を持っている。なぜ500倍なのか気になるところだ。

スポーツ記事を人工知能で書かせると、今の状況でヒトの500倍。それと弁護士の世界では証拠文献調査(レビュー)をさせると、普通の弁護士の能力の500倍だったそうだ。それと、人工知能なら24時間、休憩なしで、しかも正確無比だ。

あと3年後の2020年になると初期的な人工知能ソフトが現れ始め、それから5年後、さらに10年後の2030年の人工知能は、当然20年代のレベルよりはるかに優れたものになっている。指数関数的に性能は向上し、ハードもソフトもはるか次元の違うものになっているだろう。

例えばこんな感じだ。

今から8年後の2022年、ここに2人の発明家がいる。1人は中学生。もう1人は60歳の白髪混じりのベテランの老研究者だ。

老研究者が発明品を持って特許事務所に出かけ、肩にかけたバッグの中から自ら発明した製品を大事そうに取り出した。といっても、なんだかでき損ないとしか思えないような代物だ。老研究者はこの発明品がいかに機能的で優れたものか、口角泡を飛ばしながら熱く語った。その間、弁理士はうんうんと頷きながら訊いている。そして発明品の内容を何とか理解すると、ひと月後に最初の特許明細書のドラフト案をeメールで転送すると伝える。

白髪混じりの老研究者は「それでは遅すぎる、世の中の変化は激しい。もっと早くできないのか」とお冠だ。それでは2週間後ということで折り合いをつけるも、老研究者は遅いと、ぷりぷりしながら帰宅した。

弁理士は老研究者の発明の詳細を含めすべてを理解していなかったが、それでも2週間の期限を守るために事務所で夜遅くまで頑張って特許明細書の第1稿を仕上げた。しかし、老研究者の意には沿わなくて、書き直しとなる。明細書の最終稿ができたのは最初に依頼した日から2ヶ月が経っていた。老研究者は、弁理士から出願費用と審査請求費用を含め28万円を支払った。

そして、半年後、特許庁から拒絶理由通知を受け取り、再び弁理士と相談する。いろいろ修正を加え、さらに半年後やっとのことで特許査定となった。弁理士から「おめでとうございます。こんなに早く権利化できたのは、発明がとても素晴らしかったからです」、との慰労の言葉とともに成功報酬費用を含め、26万円が請求された。すべてあわせて54万円だった。弁理士からは、このご時世だから特別にお安くしておきましたと告げられた。

現状では、特許1件を取るのに大変なお金がかかるのだ。

ところで、中学生の方はどうなのだろうか。

中学生はベッドに寝っころがり、無造作に尻ポケットからスマホを取り出し、特許作成のアプリを開く。そして音声入力機能を用いてスマホに『特許を出願したい』と普通に話しかける。中学生はスマホからあらかじめ決められた幾つかの質問事項に答えながら発明のアイデアと内容をあれこれ述べていく。質問の終了という音声で、スマホから『しばらくお待ちください、特許明細書を作成します』、という返事が返ってくる。その後、スマホからは心安らぐ音楽が流れ、ものの数分でスマホに特許作成終了のサインが明滅する。

それも7件できたと表示されている。恐るべきは人工知能だ。

特許を7件書いた。それだけでもすごいことだが、ただそれだけではない。それぞれの特許明細書の冒頭には、特許評価点が記されている。

それは、特許になる確率とも言い換えることができる。例えば最初の明細書だと、特許査定率98%、2件目は90%、5件目は78%で7件目は45%とかで、大学受験の予想合格率みたいなものだ。

特許になる合格率はそれぞれの国の制度とか、国情などにより異なる。同じ特許でも国によって成立したりしなかったりする。また、権利化できてもその範囲が広かったり、狭かったりで、いろいろだ。だけど人工知能はその国々の状況判断までしてくれる。だから日本で特許が成立したけれど、アメリカではダメとか。中国では成立したけれど、日本より狭いこの範囲までとかだ。

人工知能はそんなことまで判断してくれる。そういう時代になっている。

だから中学生の発明家は、自分のお小遣いと相談しながら出願国を決めればいい。中学生が支払った費用は、最初に立ち上げた特許作成のアプリは無料のサイトだ。特許明細書の作成費用はアプリの使用時間と明細書の数で決まる。日本の出願だけで、特許の成立確立98%以上の明細書1件を選ぶと費用は1000円ほど。この中学生はもう少しお小遣いがあったので、アメリカの出願も加える。英語への翻訳はもちろん無料のアプリで可能だ。アメリカへの費用はプラス800円。そして出願と同時に審査請求すると、その費用は500円だ。そして、3日後中学生のスマホに日本とアメリカから特許査定の通知が届く。

費用は、全部で2300円だ。中学生のお小遣いでも十分に賄える額だ。

どうしてそんなに安く、しかもそんなに早く特許査定になるのだろうか。

特許作成ソフトは、中学生が出したアイデアやデータから特許を作成するのだが、そのソフトには中学生の出したアイデアに関連するこれまでの技術文献や特許の調査を同時に行う機能がある。中学生のアイデアが過去の文献に書かれていないことを確認しつつ特許を作成する。ここまでの作業にかかる時間は数分とかからない。そしてほとんどの場合、特許庁に特許を提出するのとほぼ同時に審査請求され、審査が始まる。

特許庁では、中学生が使ったソフトよりさらに高度な人工知能ソフトを使っているが、結果的には特許査定が直ちに降りてくる。ただし、最終の判定は人間の審査官がするだろうが、普通はそのまま特許査定になる。

こんなに安い費用で簡単に特許ができるなら、ちょっとしたアイデアを思いついたらだれでもできるようになる。それどころか、海や山に出かけていても、お買い物の途中でも、友達と話していてピンと閃いた時など、いつでもどこでもスマホに話しかければそれでいい。なんともすごいことになっている。

さらに、中学生の特許だが、成立して1週間後に、この特許技術を使ったビジネスの申し込みが日本とアメリカのメーカーの2社から届く。そして、1ヶ月後には中学生が提案した新商品が3Dプリンターで製造され、ネット上で販売される。商品の購入を申し込むと数日後にドローンで配達され、手に入れることができる。これぞまさしくIoTとプロシューマが結合した世界なのだ。

このように、これまで発明とはまったく縁のなかった人たち、子供たちや老人、ハンディキャップのある人など、老若男女いろんな人たちが地球のどこにいても、ふっと思いついたアイデアを特許にして権利を得ることができるようになる。今では考えられない、そういう時代がすぐそこまで迫っている。

さて、あなたは弁理士だろうか、それとも企業に勤める知的財産部員だろうか。こういう世界であなたは居場所を見つけることができるのだろうか。

新たな発明の時代の幕開け!

このようにして、人間の弁理士の力を借りることなく『人工知能が特許を出願する日!』がやってくる。その数は日本だけでも300万件を超え、世界全体では2000万件に達するかもしれない。

エーッと驚かれるかもしれない。しかし、この数はあり得ない数字では決してないことを心に留めるべきである。

さらにもう一つ。これらの多くの出願は特許事務所や弁理士の手を通らないということもだ。

誰でもが特許出願できる『発明のカンブリア爆発』が起きようとしている。

しかし、現行の特許法では、特許はヒトが発明したものだけに限られている。だから人工知能が発明したものは特許にならない。

それでは、ヒトがアイデアを出し、人工知能に助けてもらったときはどうなのだろうか。

発案がヒトで解決方法もヒトが提案したなら特許になる。特許庁も昨年、そのような見解を示している。

でもどこまでがヒトで、どこからが人工知能なのかどうやって見極めるのだろうか。

今の特許法だと、問題点や課題を提案しただけでは発明者とはならない。人工知能とヒトとがどの程度の割合で発明に関与したのか、その判定はどうなるのだろうか。これからの研究課題ということになるのだろうが、判断を下すまでの時間はそう長くは残されていない。

これまでの話からすると、人工知能のほうが人間より頭がよくなる。だったらヒトが発明するより人工知能のほうが早く発明するのじゃないだろうか。

これまでの知識や情報からひねり出す発明の世界においても、人間の能力を超えることはそう遠くないことのように思える。

そういうことになったら発明そのものがなくなるのかもしれない。

『発明のカンブリア爆発』もほんの一瞬のあだ花、大玉の花火が一瞬輝いたのちの真の暗闇が訪れるかもしれない。

人類は5万年前に文明を手に入れ、それ以来数限りなく多くの発明を行い、偉大な文明や文化を構築してきた。人類が発明を放棄したら、その日から人類の発展は停止することになるのだろうか……。

[コラム 7]
料理名人といえども、常に新しいメニューを創造的に考え続けることは大変だ。若き料理人、油の乗っている板前ならばそれも可能かもしれない。ヒトである限り好不調は必ずある。とても厄介な年齢との闘いもある。それを解決したのがIBMのコグニティブコンピュータ『シェフ・ワトソン』だ。シェフ・ワトソンに料理のお題やテーマ、料理の種類を入れると何通りものレシピをあっという間に提出してくれるそうだ。例えば、「フレンチ、春、魚」というふうに入力するだけで幾つものレシピを提案してくれる。これらの中から気に入ったものを人間のシェフが選び調理する。場合によっては、盛り付けも人工知能が提案したものの中から選ぶ。シェフはメニューを選ぶセンスと味付けするヒトの感性が問われることはこれまでとなんら変わらない。

これこそヒトとコンピュータとの良好なコラボレーションで、人工知能とヒトとのかかわりを示した好例になるだろう。

では科学の分野での研究者と人工知能との協力関係はどうなるのだろうか。料理のレシピと同じように、課題を『ノーベル・ワトソン』(こういうものがあったとして、著者がかってに付けた仮名)に入力すると、幾つもの解決方法が提案される。いくつもある中から普通に考えられる順当な方法や、思いもつかない奇想天外な提案もあるだろうから、その中から研究者が取捨選択して、実際に実験し、新たな問題点を発見しながら発明を完成させていく。その中に研究者独自の第六感やインスピレーションが含まれるのはこれまでと変わらない。そして、その先にセレンディピティーにつながる大発見や大発明が見つかるかもしれない。結果に満足しガッツポーズをしているこの研究者は、果たして真の発明者といえるのだろうか。期待していたインスピレーションは的が外れ、ただ単に人工知能に言われたとおりに実験しただけの助手ではなかったのか。とても悩ましい問題が浮上してくるように思える。

ところで、発明が生まれる背景には、必ず問題点や困ったこと、こうなればいいなという希望や夢が存在する。困難に直面して迷ったり、落ち込んだり、逆にわずかな光明に希望を感じるのは人間だけだ。人工知能やロボットは悩むこともなければ、わずかな光明で喜んだりはしない。

映画『チャッピー』(ニール・ブロカンプ監督、2015年)では、人間の知性を模倣した人工知能ソフトをインストールしたロボット、赤ん坊のようなまっさらな心しか持たないチャッピーが強盗団に誘拐され育てられる。その後『チャッピー』は善と悪、喜びと悲しみに大いに悩むことになる。この映画のようにロボットでも、人間の心をインストールされたら悩むのだろうか。恋をして夢を見て、あえなく恋に破れ涙を流すのだろうか。そして、ロボット『チャッピー』は女性なのか、男性なのか。恋が実っても結婚はできるのだろうか、やがて子供ができないと、再び涙を流し悲しむのだろうか。

人間をはるかに越えた完全無欠な人工知能は、「人間と同じように考え悩むはずはない」、とするならば、多くの発明は人工知能からは生まれてこないことになる。不完全である人間だからこそ、それを埋め合わせるためにいろいろと工夫を凝らし、新しいモノ、これまでにないモノを発明し、創り出そうとするのではないだろうか。

ウィリアム・シェイクスピア作「ハムレット」の、
――生きるべきか、死すべきか、それが問題だ――
の名台詞が、ヒトとしての未来人の証明のひとつになっているのかもしれない。

「君は悩んでいますか」、との問いに「悩みなんて何にもない。俺は完璧だ」。なんて答えようものなら、冗談抜きに人間界から放逐されるかもしれない。

「あれは人間に似せた精巧に作られた人間の模倣品だからだ」、と。

 参考文献

(注1)2100年の科学ライフ ミチオ・カク著 斉藤隆央訳 NHK出版 2012年
32.「特許行政年次報告書2015年版」(経済産業省特許庁)
https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2014/honpen/1-1.pdf
52. AI時代の勝者と敗者 トーマス・ダベンポート、ジュリア・カービー 著 日経BP社 2016年
55. 野村総研、2030年には49%の職業がコンピュータで代替される可能性と研究報告 森山和道 Pc Watch 2016年1月12日
(注4)今井拓司 30年にも「超人」 AI、幼児からの急発達シナリオ 日経産業新聞 2016年7月29日
67.全能アーキテクチャ勉強会
http://www.sig-agi.org/wba

工学博士 黒川 正弘

黒川正弘先生のプロフィールや著作については、こちらをご覧ください。

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