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2024年4月20日嵐山記念イベント

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大同を求め 和平を祈願
周恩来生誕126年・「和平平等互恵五原則」70周年記念スピーチ集

趣旨

1917年秋から1919年春にかけて、青春期の周恩来は「中国の奮起のために学ぶ」という雄志を抱き日本に留学しました。
1918年2月25日、周恩来は日記に留学と人生の目的を「進化の軌道に従って、大同に最も近いことを成すべし」と書き記しました。
1919年4月5日、周恩来は一度ならず二度も嵐山を訪れ、見下ろした夜の京都に惹かれたらしく「数十の電光」(「雨後嵐山」)のきらめきに目をとめ、近代化と中国の社会発展との相関関係を悟り、ひとえに「一点の光明」(「雨中嵐山」)を突き止めたと描写しました。
1954年11月11日、周恩来は日本の学術・文化代表団と会談した際、「真の『共存共栄』の種をわれわれの間に見出さなければならない。私はその種があると思う」と語りました(『50年代の周恩来』遼寧省人民出版社、2017年)。
1972年、「種子」が実らせ、中日平和友好共同声明の発表並びに、国交正常はついに実現されることに至りました。
1979年、日中平和友好条約締結記念として、関西地域の友好団体が嵐山の麓に「雨中嵐山記念詩碑」が立てられ、2022年には日中国交回復50周年を記念して、周恩来平和研究所が嵐山の頂上に「雨後嵐山記念詩碑」を建立しました。二つの詩碑は渡月橋上流の保津川(渡月橋からは桂川)を挟み対座して大同の理想と実践を呼びかけ続けています。
2023年、周恩来生誕125周年・日中平和友好条約締結45周年記念の節目に、周恩来平和研究所は周恩来のご親族を招き、日本における周恩来記念活動を開催しました。
今年・2024年は、周恩来生誕126周年であり、「和平共存五原則」ご提唱の70周年記念でもあります。4月の清明の節に際して、周恩来のご親族・周秉徳女史と沈清先生より書面挨拶、孔子第79代目の嫡長孫孔垂長ご夫妻を嵐山でお迎えすることができました。今一度井戸を掘った先人に感謝を捧げて世界平和の祈行を誓い申し上げます。

                         周恩来平和研究所所長 王敏
2024年4月20日

1、周恩来ご亲属周秉德女史のビデオスピーチ

尊敬する孔垂長会長、王敏教授、ご来賓の皆様、こんにちは!
今ここでみなさんとお会いできて、非常に嬉しく思います。王敏教授が主催する周恩来和平研究所による「大同を求め、平和を実践する」という集会に参加することができ、伯父である周恩来を共に偲ぶことは光栄に思います。
習近平総書記は周恩来の誕生120周年記念式典で、「周恩来」という名前は光栄で不朽の名前であり、この名前を聞くだけで温かく、誇りに思うと語りました。周恩来同志は中国人民の幸福、中華民族の復興、人類進歩のために闘った輝かしい生涯の中で、顕著な功績と高潔な姿勢を貫き、中国の各民族の心に深く刻まれ、また世界中の平和と正義を求める人々の心にも深く刻まれています。
13歳の時、周恩来は「中華の興起のために学ぶ」という志を抱きました。19歳で日本に渡る前に、「中華の飛躍を世界で迎える時の再会を願う」という雄大な予見を書き記しました。やがてロシアの10月革命が成功し、周恩来はマルクス主義の学説に触れることができました。また当時の日本の社会と学問の進取性に影響され、彼なりの精神と思想が鍛えられ、人生観が重要な転換点を迎えました。
1919年4月、21歳の周恩来は雨の中、京都の名勝・嵐山を訪れ、「雨中の嵐山」と「雨後の嵐山」という名作二首を創作し、中華の振興を志す切なる願いを感慨深く吟じました。
中国は世界文明の起源の一つであり、長い独自の歴史と文化財を有しています。新中国成立後、周恩来総理は多忙な中、文化財の保護に心血を注ぎ、多数の対応施政指示を出しました。動乱の時代においても、彼は必死に守ったため、多くの貴重な文化財が今日まで保存されることに至りました。とりわけ、破壊行為を迅速に阻止したことで、孔子廟、孔府、孔林などは被害を免れました。言うまでもなく、これらの文化遺産は、孔子の思想や儒教文化の精髓を伝え、中華文明の重要な構成要素です。儒学の積み重ねが、中華の大地で広り、中国の歴史において重要な一環であり、また東方文化の宝庫として、世界に貢献できる文化財でもあります。
周恩来が新中国の総理として26年間の任期中、中日の国交正常化を実現するために並立たぬ努力をしてきました。中国の指導者として、各国との友好的な交流の中で、特に日本の各界の友人との会見が最も多かったです。中国と日本は隣国であり、深い歴史的なつながりを有しており、古代の交流から近代の波乱を経て、そして現代の平和な発展に至るまで、二国間の関係は紆余曲折の歴史を通過しています。かの不幸の歴史は障害となるべきではなく、前進する力となるべきです。歴史を鑑に、平和を大切にし、持続可能な平和な未来を共に創造していこうではないか!
本日の式典が成功裏に終わることを祈ります。
ご清聴ありがとうございました!

周秉徳
2024年4月20日

2、孔子79代直系嫡長孫・孔垂長氏のスピーチ

王敏教授、ゲストの皆様、友人の皆様、こんにちは!
主催者のご招待に感謝します。
今日は美しい嵐山でみなさまに会えて、周恩来先生について理解を深める貴重な机会を与えられたことはありがたいと思っています!
率直に言って、私はこれまで青春時代の周恩来先生のことをよく知りませんでした。「周さん」と呼びたくなるような青春の若さあふれるときに理想を胸に大志を抱き、「中華崛起のために勉学する」ため日本に留学したというんですね。
大同社会は先祖の孔子が創立した儒教文化の中の理想的な社会目標であり、従来の学ぶものが奮闘する人生の目標でもあります。また、生活の中の周恩来先生は質素で自律的で、克己で身を修め、人に対して穏やかで優雅で、多くの日本の友人から認められていることを知りました。これも、儒教文化の教養の理論は、政治を超えて、国境を越えて、普遍的価値を持っていることを示していると思われます。
最も私を感心させたのは、周恩来先生は前世紀から中華伝統文化の貴重な遺産を保護するために多大な貢献をしておられました。特にあの特殊な歴史の時期に、彼は自身の影響力を用いて、孔府、孔廟、孔林の破壊を制止し、可能な限り貴重な儒教文化の遺産を保護しました。馬一浮先生や梁漱溟先生のような儒学者をも最大限に守り、儒学を火種のように伝わることを可能にしました。ここに、私が謹んで国内外の三百余万の孔氏宗親を代表して、孔子の思想を認めるすべての儒学同士を代表して、心からの感謝を述べさせていただきます。
今、われわれは青年周恩来が残した詩と足跡の美しい嵐山で、周恩来先生を記念するのも、仁道の理念・儒教の大同理想が、異なる文化、異なる人種の間に横渡る危机と沖突をやめさせて、永続的な世界平和への基点の一つになりまように、願うのみです!
ありがとうございました!

                           孔垂長
2024年4月20日

3、外務省アジア大洋局中国・モンゴル第二課石飛節課長のスピーチ

尊敬する孔垂長先生、王敏所長、並びに御来賓の皆さま
こんにちは!日本外務省の石飛節です。本日は、周恩来平和研究所長を務める王敏教授に御招待いただき、周恩来総理ゆかりの記念活動に参加することができ、大変光栄に存じます。
私は、30年ほど前になりますが、ここ京都で6年間の大学生活を送りました。その際、初めて嵐山公園を訪れ、周恩来総理の「雨中嵐山」の詩碑を参観したことを、つい昨日のことのように覚えています。また、外務省に入省してからも、2007年4月に来日された温家宝総理に同行し、久しぶりに「雨中嵐山」の詩碑を参観する機会に恵まれました。そして今回、ちょうど2年前、日中国交正常化50周年に新たに建立された「雨後嵐山」の詩碑も初めて参観でき、大変感激しております。この「雨後嵐山」の詩碑の建立に多大なる御貢献をされた王敏所長を始めとする関係者の皆さまに対し、この場をお借りして、心からの敬意を表します。
外務省に入ってこの4月で25年が経ちましたが、このうち半分以上の歳月を日中関係のために費やしてきました。皆さんも同様の認識かと思いますが、今の日中関係は、とても「理想的」とは言い難い状況にあります。日中国交正常化を成し遂げた当時の田中角栄総理や周恩来総理が、もし今の日中関係を見た場合に、どのような感想を述べるだろうか、がっかりするのではないか、あるいは、叱責されるのではないかと、私は時々考えることがあります。
言うまでもなく、日中両国は、引っ越しのできない隣人であります。そうであるがゆえに、日中間には摩擦や矛盾、考え方の違いが当然ながら存在し、時には利害がぶつかることもあります。しかし、田中角栄総理や周恩来総理を始め、偉大なる先人たちは、日中両国の政治体制の違いを前提として、国交正常化を成し遂げ、その後も日中関係を発展させてきました。私たちは、日中関係がうまくいかない理由を時代のせいや相手のせいにしがちですが、こうした態度は間違っていると思います。時代背景は違えども、先人たちにできて、今を生きる私たちにできないということはないはずです。では、私たちに何が足りないのか。それは、政治的リスクを取り、相手の立場に配慮して一歩譲るという、「勇気」と「覚悟」ではないでしょうか。
本日は、孔子の子孫に当たる孔垂長先生もいらしています。2007年の年末、私も中国課の課長補佐として、福田総理の訪中に関わりました。日本の総理による曲阜訪問は、日中両国の共通の基盤を確かめるという意味で、大変有意義でした。論語の教えは、私たち日本人の生活に根付いています。私が好きな言葉に、「己の欲せざるところ、人に施すことなかれ」という言葉があります。今、日中双方に求められているのも、まさにこうした相手の立場に配慮して一歩譲るという精神ではないでしょうか。もちろん「言う易く、行うは難し」であり、日中が一歩譲り合うことなんて、政治的には極めて困難です。しかし、だからこそ私は、政治的な「勇気」と「覚悟」が必要であると考えます。
私は、昨年9月末に北京での3年余りの勤務を終えて帰国しました。北京では、周秉徳会長や沈清理事長とも親しく交流させていただきました。今回、帰国して初めて、思い出の地である京都に来ることができましたが、このような貴重な機会を与えてくださった王敏所長に、改めて心から感謝の意を申し上げます。最後になりますが、御来賓の皆さまの御健勝と御多幸を祈念するとともに、日中関係がより高みに上がるよう願って、私からの挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。

 石飛節
2024年4月20日

4、周恩来ご親族・大鸞翔宇慈善基金会沈清理事長のスピーチ

尊敬する王敏様、孔垂長様、ご来場の皆様、こんにちは!
八重の桜がまだまだ咲いて美しい、ここ嵐山には万緑の春季節が満ちています。さかのぼれば100年以上前、青年時代の周恩来が逍遥し歌に詠んだ嵐山にこのように集い、記憶を新たして、【先人に感謝、未来を開拓】2024年周恩来記念式典が開催されることは、たいへんに有意義なことと思います。皆さまご多用の中のご出席、嬉しく思い、感謝いたします。特に、孔子の第79代嫡長孫である孔垂長様のご出席は嬉しい限りです。また今回の主催者である周恩来平和研究所所長の王敏様にも感謝を申し上げます。
さて自分のことですが、日程のやりくりがつかないために欠席と相成りましたことを申し訳なく残念に思います。
去年2023年の清明節には、伯父の周秉和とともに、ここに行われた周恩来生誕125周年と『雨後嵐山』記念詩碑建立1周年の記念式に参加しました。福田康夫元総理や多くの日本の友好団体や個人がご参加を賜り、中国駐大阪総領事館総領事の薛剣氏にも挨拶の御言葉をいただきました。
今月初めの訪日の折に、私は各界の方々から中日両国友好に対する熱心、また両国の民間交流の必要性を実感しました。国は近く、思いは通じ、両国国民の相互理解と認識の深化によって、両国関係の良性発展を促進することができると信じます。
今年は、周恩来が中国の総理兼外相に就任し、「和平共存五原則」を提唱してから70周年です。この原則は、世界の広い範囲で尊重と支持を得て、世界の平和と発展のために堅固な基盤を築きました。諸国の両国協定、多国協定の内容や相関の文献より、「和平共存五原則」の受け入れ度合が確認されています。
この70年間、国際社会の趨勢は揺れ動いていますが、中国は「和平共存五原則」の理念に基づき、各国との友好交流をし、世界平和の発展を務めてきました。特にアジア諸国とは、より親しんでおります。周恩来に引かれた軌道に沿って、北京大鸞翔宇慈善基金会は、慈善活動を通じて、文化交流、教育、医療支援など、多くの分野で国際的な民間慈善活動を展開し、国と国、人と人の相互理解、相互利益、共同発展を深め、人類運命共同体の構築をサポートしています。
今でも、私たちはさまざまな挑戦や衝突に直面していますが、その度に周恩来の平和理念から貴重な啓示を汲み取ることができました。その理念を受け継ぎ、平和発展を積極的に推進し、安定、繁栄の社会と世界を築くように、皆様と共に励む所存でございます。
最後に、ご来場の皆様に心から御礼を申し上げます。本式典の成功を心からお祈り申し上げます!ありがとうございました!

沈清
2024年4月20日

5、温故創新の会・孫中山記念会理事・片山啓氏のスピーチ

大悲閣千光寺の境内に身を置くと、昨年の清明節に五百旗頭先生と周恩来祭りに参加した鮮やかな情景が今でも蘇ってきます。
五百旗頭先生と私は2006年に2008年第8回世界華商大会神戸大会の誘致成功後に知り合いました。時あたかも福田康夫総理誕生前夜でした。福田政権発足後、先生は福田康夫首相私的懇談会「外交政策勉強会」座長として、中国の改革開放に積極的貢献をした日中経済知識交流会顧問の宮﨑勇元経企庁長官と協力し、2008年5月の胡錦濤国家主席の訪日実現に尽力されました。その後、先生は新日中友好21世紀委員会でも貴重な提言をされています。先生の突然のご逝去はわが国にとって本当に大きな損失です。
さて、ご存知の様に戦国時代の日本の故事に毛利元就(もとなり)の「三矢の訓え」(三人の子供達へ戦国時代の生き抜く智慧を訓えた)があります。
その故事にならうなら、現在福田康夫元総理を代表に頂く組織として、(1)福田赳夫元総理がリスペクトした周恩来総理の平和思想を継承し、昨23年から「周恩来祭」を主催している法政大学名誉教授の王敏女史が所長をされている周恩来平和研究所、(2)日本と中国との交流を核に、アジア地域の幅広い分野における開かれた文化交流、特に若い世代交流を促進し、相互信頼と相互尊敬を育む活動をされている宮本雄二元中国大使を代表理事とする日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)、そして(3)日中関係の改善を促進する歴史的意義のある事業に取り組む五百旗頭先生を委員長とする「温故創新の会記念事業実行委員会」を擁する『温故創新の会』、以上3つの日中友好組織があり、近年切磋琢磨して夫々の目的成就の為、精進しています。いわば「三矢の訓え」の現代版です。『温故創新の会』は以下の主要な行事を実施しました。
2010年夏、上海万博で梅屋庄吉記念室主催の“孫文の活動を支えた日本人―梅屋庄吉展”、同年秋、東京で辛亥革命百年記念行事〈百年後の日本と中国―孫中山の夢と現在〉を実施した。
2023年10月東京で日中平和友好条約45周年・周恩来総理生誕125周年を記念して「永遠の隣国」を出版し、各分野を代表する70人の作者が熱情を込めた50年の各界の歩みを表現した記録をまとめました。
今年は11月に孫文の「大アジア主義演説100年」を迎えます。アジアの平和ひいては世界の平和の為、過去百年の間、日本が辿った路を謙虚に反省するだけでなく、二千年に亙る日中の交流に思いを致し、「温故創新」の訓えに照らし、孫文が鋭く指摘した東洋の王道、西洋の覇道の二項対立ではなく、近年の新しい国際情勢を反映した第三の道を創造する役割を日本が果たすことを願いご挨拶とします。

京都大悲閣千光寺にて 片山啓
甲辰龍年4月20日

6、中国科学技術資料輸出入有限公司副総経理李燕女史

私は李燕、中国科学技術データ輸出入有限公司の副総経理です。この度の記念式典に招待してくれた主催者に感謝します。
「雨中嵐山」と「雨後嵐山」、2つの有名な詩が書かれた場所・嵐山で、みなさまと一緒に周恩来を記念する重要なイベントに参加できたことを光栄に思います。
1917年9月、周恩来は祖国と人民を救い、真理を追究する目的で東の日本に赴き、勉学生活をスタートさせました。留学期間、勉学に励む傍ら、祖国の将来と人類の運命を憂慮する一念を抱いていました。
1919年4月5日、周恩来は帰国前に京都の嵐山を訪ね、「雨中嵐山」と「雨後嵐山」という心情を吐露した詩作を書きました。この2つの詩には志が込められており、若き日の周恩来の国の将来と国家の運命への懸念、そして彼の青春ロマンを表現しています。
「中国の振興のために勉強する」という誓いは、彼の責任感と、生涯を通じて国と民族のために尽くしたい献身的生き方を示しています。
周恩来は中国人民の心の中では良き総理大臣であり、世界のあらゆる国の人々に友人のように親しまれています。本日、われわれはかつて周恩来が立ち止まった偉人の足跡をたどり、前進し、世代から世代へと続く中日両国民の友情に新たな一章を刻むこととなるでしょう。
当社は、主に外国の優れた出版社を中国に紹介すると同時に、中国のよき図書の輸出入事業に従事しています。出版物を媒介に平和友好を世界に伝わる仕事をしています。本日の記念式典への参加が、中国と日本の文化交流を促進する上で積極的な役割を果たすことを願っています。
ありがとうございました!

李燕
2024年4月20日

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